第28話 そうだ、ヘッドハンティングに行こう

「この間の山賊討伐の臨時手当ごほうび欲しいんだけど」


 国王の執務室に入るなり実に堂々と言い放つシーアにレオンは少し驚く。

 確かに当初そんなことは言っていたが、彼女が報酬を要求してきた事はこれまでなかったからだ。

 後で一括払いかと、念のため自ら簡単な記録をつけている。この国の国王は大変マメな性格であった。


「縁故採用して欲しい友達がいるんだけど、王様がそんなことしちゃまずいかな?」

 不遜にも執務机に腰を掛けながら、口元に不敵な笑みを浮かべたシーアは国王を見下ろすように言い、その意外な申し出に興味を引かれたレオンも片眉を上げて面白そうに先を促したのだった。

 

「ソマリのリザって覚えてる? 三年位前からここの港の商社に勤めてるんだけどさ、ここの国庫管理室に引き抜きたいんだよね」

 レオンがその名を耳にして一番に思い出したのは、シーアが珍しく年相応の娘のように笑っている姿だった。屈託なくリザと話すシーアを見て、驚いた記憶がある。

 人脈を築く事もまた「遊学」の目的であった彼は、ドレファン一家の船員として過ごした三年間で出会った人間のほとんどを今も記憶していた。


「彼女はソマリで結婚しただろう? なんでこっちに……」

「あいつが嫁いだ商社はもう無い。色々あってさ、旦那と離縁してこっちに引っ越したんだ」

 簡単に言うが、国境をまたいでの転居など一般的にはあり得ない。

 何があったのかと訝しむように見れば、その視線にシーアは嫌そうな顔をし、「仕方ない」といった様子で口を開いた。


「旦那の不正を役所に密告したのがばれて、旦那から暴力を受けてね」

 その際リザは左足首の関節を負傷し、以来杖が必要になった。

 それを聞きつけたシーアは、海姫の人脈で手を回して商社を廃業に追い込んだ。他の従業員達には海姫という肩書を利用した口利きでソマリの他の働き口を斡旋してやった。

 総合商社の社主による悪行に辟易していた彼等は協力的だったし、商社と取引をする業者達の為になったとはいえ、密告したリザはソマリでは生き辛かった。


「わたしがここの港の商社を紹介して転職したんだけど……国庫管理室の爺さんが人手増やしたがってるからどうかな、とね」

 国庫管理室の爺さん、とは国庫を掌握する最高権力者の室長でありシーアの碁の相手でもある。

 彼は議会制になった時に職を解かれたが、レオンが帰国してから復職を要請したほどの辣腕を持つ。


「最近、爺さんに孫が生まれたんだよ。さっさと後継者育てて引退したいんだとさ。隠居して孫と遊びたいらしい。リザは手に職をつけて生涯現役を目指すって言ってるし。爺さんに聞いたんだけど、国庫管理室とか公職はけっこうな高給取りなんだろ? 女が一人で老後の蓄えを貯めながら生きて行くにはうってつけって聞いたんだけど」

 蹂躙された国庫の立て直しにはまだ時間がかかる。

 議会制の時代に行われた不透明な会計の調査が続いていた。

 孫に構う時間がないという愚痴に付き合ったシーアは肩をすくめて言ったものだ。

『一般人の金銭感覚を取り入れるべきだね』

 嘲りを含めそう鼻で笑った海姫の意見を、初孫の誕生に本気で引退を考え始めた古参の国庫管理室の長は採用する事にしたのだ。


 レオンにしてみれば特に問題はなかった。

 彼女の見立てた人材ならば文句はなく、言って来る時点で国庫管理室の室長と詳細は検討済みだろう。すべての段取りは整っているはずだ。

 それが彼女のやり方である事を、重々承知しているレオンはあっさりと頷いて応じる。

 それから少し考えて、執務机に腰を下ろしているシーアを見上げた。


「そっちは任せていいか? こっちはちょっと立て込んできた」

 それが何を意味するか、分かるだろう?

 そう言外に問うて来る彼の目を見て、シーアもまた満足げに目を細める。

 ━━やっと動き出したか。

 黒曜石のようだと評される瞳がきらめいた。

 

「そういや議会の連中にはなんて言ってあるんだ? 今日ものすごい顔で見られたぞ」

 シーアはふと思い出してにやにや笑いながら尋ねる。

 半商半賊の海姫との婚約。

 まっとうな愛国心を持ち、民の為を考える事の出来る議員が残された。そのため国王と議員たちの関係は決して悪くはない。

 しかし、だからこそ彼らが黙っているとは思えなかった。

 それなのに特に騒がれる事もなく、あっさりと婚約が発表された。かなり気になったものの、それはレオンの領域だと今まで放っておいたのだが━━


「まぁ、反対の声もあったが『海姫を利用する』と言ったら割とすんなり通った」

 レオンの言葉にシーアは喉で笑った。

 利用されている女が、そうとは知らずに堂々と王城内を我が物顔でうろついている。

 なるほど、あれはそう言う目か、とシーアは納得した。


「気を悪くしたか?」

「まさか。いいんじゃねぇの、それでお互い仕事がやりやすくなるんなら」

 あっさりとした反応にレオンの中にふといたずら心が頭をもたげた。

「本当に利用されていたら、とか思わないのか?」

「その時はいいように手玉に取られたこっちが悪いんだろうよ。人を見る目がなかったって事だ。恨んだりしないから安心しろよ」 

 婚約者の反応は残念ながら実につまらないものだった。

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