第28話

「はあ!? そんなの俺が認めるわけねえだろ!! お前みたいな性欲の権化とありすにゃんが一つ屋根の下だなんて、腹をすかせた狼とミディアムレアのステーキを同じ小屋にぶち込むのと変わらんだろうが!!」


 ステーキは生きてないし、それは別に構わないのでは?


「そんなこと言っていいの?」


 と葵がパパにすごんで見せる。


「なにがだよ」

「あくまでとぼける気なんだ。私はどうなったって知らないよ」


 突然、葵がパパからわたしに向き直る。


「な、なに?」

「アリス、よく聞いてね。アリスのパパは冒険者時代、私の脱いだ制服とタイツをあろうことか、私がお風呂に入っている最中に――」

「――ああー! ああああーー!! わかった! わかったから葵! その口を今すぐ閉じろ!!」

「閉じろ?」

「閉じてくださいお願いします!!」

「もう生意気は言わない?」

「言いません! 絶対言いません! だから葵もそれ以上は言わないでお願い!」

「わかった。今回はそのマヌケ面に免じて許してあげる」

「……ぐぬぬ」

「ぐぬぬ?」

「い、いえ! なんでもありません! 閣下!」

「よろしい。サイダー1本、ダッシュ」

「イエスマムッ!!」


 そうしてパパは自販機へと駆けて行った。

 ……わたしは何を見せられているんだ。パパは一体過去になにをやらかしたというのだろう。


「ていうか勝手に話進めてるけど、わたしまだオッケーなんて言ってないぞ!」

「え? アリスは私と暮らすのが嫌なの? 私のこと、嫌い?」


 上目遣いにそう迫ってくる葵。


「い、いやきらい、じゃないけどさ」

「ほんとうに? 私、アリスにだけは嫌われたくない。アリスに嫌われたら私、どうしたらいいかわからない」

「うっ……」


 こころなしか目が潤んでいるように見えるのは、わたしの気のせいだろうか。


「……き、きらい、じゃないし」

「じゃないし?」

「……え、えと」


 これから言おうとしている言葉が頭に浮かんで、わたしはおもわず躊躇ってしまう。なんだか顔が熱くなってきたぞ……。


「…………む、むしろ好きだよ! だってそうだろ! 葵はわたしの人生で初めてできた、……と、友達なんだから!! パパの時もダイナの時も、わたしを守ってくれてたし、そ、その、いつも変態だけどなんだかんだで根は優しいし……。とにかく! わたしはおまえが好きだよっ!」

「嘘じゃない? だったら私と一緒に住むのにも同意してくれる?」

「なんでそうなるんだっ!」

「……やっぱりアリス、私のこと」

「ああもうわかった! 暮らす! 葵と一緒に暮らせばいいんだろ!! これで満足か!?」

「ん、満足。言質撮った。録音もした。ばっちぐー」


 すん、と元の無表情に戻る葵。


「おまえハメたな!? ハメただろ!!」

「?」

「はてな? じゃないから!! さすがのわたしもそれくらいわかるから!」

「ダイナは恭一君と暮らすのは大丈夫?」

「無視すんなよ!?」

「私は別にどちらでも構わないぞ。美味しいご飯が食べられればそれで十分だ。その点恭一様の作られる料理は絶品だからな」

「……」


 仮にも騎士が魔王に料理を作らせるな。おまえはそれでいいのかダイナよ。いやいいんだろうな。きっとご飯のこと以外何も考えていないのだ。アホは時に、天才よりも幸せなのかもしれない。


「閣下!! サイダー買ってきました!!」


 自販機に向かっていたパパがジュースを持って帰ってきた。


「そこに跪きなさい」

「はッ!!」


 パパは椅子に座る葵の目の前に片膝立ちをする。


「いいところに来た、恭一君。話がまとまったよ。今日から恭一君とダイナは私の家で、私とアリスはアリスの家で暮らすことになったから」

「ラジャー! それと閣下、これサイダーです」

「ん。ちゃんと三ツ矢サイダーだね。三ツ矢以外だったなら、今頃アリスの恭一君に対する信用は地の底だよ」

「……あ、あぶねえ。……葵が三ツ矢サイダー好きなこと覚えてて助かった」


 葵は薄いタイツで覆われた長い脚を組んで、受け取ったジュースを一口飲む。その所作はまるで魔王だ。目の前で跪いているリアル魔王よりもよっぽど魔王である。


「それと、私の下着を見たら殺すから」

「理不尽!? 勝手に脚組み始めたり跪けとか言ったのどこのどいつだよ!!」

「ん?」

「すみません! 下着が視界に入らぬよう、今のうちに自分で目を潰しておきます!! ぎゃああああ!!」


 目から血を滴らせているパパ。それをさも当たり前のように眺めている葵。アホのダイナ。もはやわたしはドン引きだ。


 過程はどうあれこの短時間にパパ、わたし、ダイナを説得させるに至った葵のその手腕は寒気を覚えるほどである。


 この変態で畜生な少女はしかし、さぞ世渡りが上手いのだろう。

 ご丁寧にストローまでつけてくれたメロンソーダをチューチュー吸いながら、わたしはそんなことを思った。

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