第27話

「おい葵これは一体どういうことだよっ!!」


 体育が終わり教室に戻ると、わたしは開口一番葵を問い詰めていた。


「恭一君とダイナの角には『認識阻害』をかけているから、クラスメイトから不思議がられることはない」

「そういうことを訊いてるんじゃないわっ!」

「なに、アリスも角に『認識阻害』をかけてほしかったの? けれど大丈夫。アリスの角には『認識阻害』の代わりに髪がかかっているから、魔族だとバレることはない」

「わたしと葵の仲だからギリセーフだけどっ! おまえ結構デリケートなこと言ってるからな!? じゃなくて!」

「……?」


 人差し指を顎に当て、首をかしげる葵。無表情も相まってわたしをバカにしているようにしか思えない。


「ぶりっこしてんじゃねえ! なんでパパとダイナが学校に入学してんだって訊いてんの! おまえ昨日の夜から今日にかけてなにをしてたんだ!?」

「……えぇ、言わなきゃダメ?」


 ……なんでちょっとめんどくさそうなんだよ!


「言わなきゃダメだよ!」

「……んん、わかった。しょうがない。じゃあさっき体育で着ていたアリスのジャージを一日だけでいいから貸して。それで手を打つ」

「……ジャージ? なんで? なにに使うんだよ?」


 今日はもう体育もないし葵だって自分のジャージを持ってるのに、貸してとはどういうことだろう。


「なにに使うって……。それをアリスが知るにはまだ早いかな」

「……? まあいいよほら」


 よくはわからないがジャージを貸すくらい別にどうってことない。わたしは体育着を入れていた袋からジャージを引っ張り出し葵に渡す。渡した瞬間、葵がニヤっと薄気味悪い笑みを浮かべたのが少々気になった。


「……気を取り直して、なんでムッツリだいまお――恭一君とダイナが高校に入学しているのか、だよね?」

「……うん、そうだよ」


 ……こいつ裏でパパのことムッツリ大魔王とも呼んでるのか。言いたい放題である。


「……ええっと、それは。ある人から言われたんだよ。恭一君とダイナが異世界に帰るまで、二人をどうにか保護してやってくれないかって」


 ……ある人?


「……それで学校に?」

「そう。学校に入れちゃえば日中は私の監視の目が届くでしょ。どこか勝手にふらつかれて問題を起こされるよりはよっぽどマシ」

「おい、聞き捨てならないな。それじゃ俺たちが問題児みたいじゃないか」

「そうだぞイズミ。……もぐもぐ。私たちはアリス様の保護者であって、……もぐ。決して保護対象などではないのだ。……もぐもぐ。自分たちのことくらい自分たちで何とかできる。……もぐもぐもぐ。問題を起こすなんてもってのほかだ」


 なんでダイナはメロンパンをほおばってやがるんだ。……ってパパもいつの間にかクリームパン食べてるし。あ、なんかはんぶんにしてシェアし始めた。


「問題を起こすのはもってのほかって。私たちの家を爆発させていきなり斬りかかってきたパンツ被った変態と、」

「……ぎくっ」

「熱海の各地を爆発させて回っていたアホはどこの誰だっけ?」

「……もぐもぐもぐ。うむ、私だな」

「……すこしくらい悪びれろよ」


 今更だけど、温泉爆発ってダイナの仕業だったんだ。やっぱりあんなのが名物なわけないよね。わたしは最初からちゃんとわかってたけど。

 一人頷きながら、わたしは受け取ったメロンパンをかじる。うまい。


「私が機転を利かせて人払いの術式やらなんやらを使っていなければ、今頃どちらもニュースになっているよ」

「……それはそうだな、悪い。あの時の俺はありすにゃんが失踪してつい気が動転してたんだ」

「なにそれ。恭一君の気が動転していなかったときなんてないでしょ。私の幼馴染は生まれてこの方、ずっと気色が悪いよ」

「……わかってる、わかってるぞ。……今回に限っては全面的に俺が悪かったってことくらい。……だから怒りを鎮めるんだ俺」


 ていうか、二人が学校生活を始めるのはもう確定なのか……。二人が日本に来てしまったのはわたしの責任でもあるし、これが最善手だと理解もしたけれど、なんていうかこう。自分の父親、そしてアホ騎士と同じ学校に通うっていう事実がなんか嫌だ。


 わたしは改めてパパとダイナの制服姿を眺める。

 パパはワイシャツの上に男子用のブレザーを羽織っており、下は灰色のズボン。ダイナはわたしと同じブレザーに、こちらも同じく太ももの真ん中よりも少し上くらいの丈のミニスカート。


 肉体年齢が17歳で止まっているパパと、長命な魔族でありどう見積もっても最高で20歳くらいにしか見えないダイナのその姿は、まあ正直言って違和感はない。むしろ、パパは中性的な顔立ち、ダイナは普通にお姉さんタイプの美人なため制服が似合ってすらいる。いるんだけれど……。


 ……幼いころからずっと自分を育ててきた二人の制服姿など、できれば見たくはなかった。いっそ二人が見た目も相応におじさんおばさんならよかったのに。似合ってしまっているのがまたわたしの気持ちを複雑にさせる。


「ん? なんだありすにゃんこっちをじろじろ見て。もしかして俺の制服姿がカッコよくてパパに惚れちゃった? ああ~、俺もついに可愛い娘に結婚して、とか言われちゃうときが来たか~。大きくなって成長したありすにゃんが初恋はパパでした、なんて恥じらいながら言う様が想像できちゃうな~。ねえロリーナ俺二股してもいいかな~? 相手はありすにゃんなんだけどな~?」

「「……きもっ」」


 わたしと葵がハモった。ダイナはメロンパン食べてる。

 何度でも繰り返すがわたしはもう16歳である。そんなこと言いだす娘は6、7歳かそこらだろう。この変態父は絶望的に娘離れが出来ていないのだ。


「……こほん。――うぇえぇッ」

「……」

「ごめん、咳払いして次の話題に移るつもりが。堪えきれなくてえずいてしまった」

「気持ちはわかるけど今のぜったいわざとだろっ!」

「何の話だ?」


 この場でパパだけが頭に疑問符を浮かべている。ダイナは次にクリームパン食べてる。この父にしてよくこんなに可愛くて立派な娘が育ったものである。パパはもっと誇った方がいい。


「とにかく、恭一君とダイナは恭一君のどこでもドアが完成するまで日本で高校生として過ごして。アリスが帰るかどうかの話はまた追々」

「そうだね。また追々」

 帰んないけどね。

「まあ珍しく葵の言う通りだな」


 とパパ。


「……もぐ。間違えた。うむ」


 ダイナはパンをすべて食べ終えたらしい。


「するとそうなったら、恭一君とダイナの住む家が必要」

「ああ、そのことなんだけどさ。パパ、この前は言い過ぎたよ。べつにうちの家使ってくれても――」


 べつにうちの家を使ってくれてもいいよ、もちろんダイナも一緒にさ。なんて続けようとしたその時だ。


「――アリスの家には私とアリスが住むから、恭一君とダイナは私の家を使ってくれて構わない」


 さらっと、葵がそんなことを言った。

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