第3話
神奈川県立藤沢平大高校、一年A組教室にて。
「では
隣に立っている女教師がわたしに自己紹介を促す。この世界において、わたしの初の晴れ舞台だ。元気よく行こう。こほん。
わたしは頭の黒いリボンを整えると、ザッと足を肩幅に広げる。着ている制服のブレザーを翻すと同時に、ミニスカートが揺れた。
「我が名はアリス!」
「……里出流さん?」
「皆が知っているかはわからないが、かつて勇者とともに異世界の神々に立ち向かった魔王恭一の実の娘だ」
「……な、なにをいって」
「最近こっちの世界に来たばかりだ。なぜかとんとん拍子で学校とやらに入学することとなった!」
「……ちゃんとした自己紹介を……」
「わたしは日本の文化や流行なんかは熟知しているつもりだが、ルールや常識には疎いためいろいろと教えてもらえると助かる! 代わりにと言ってはなんだが、皆が望むのであればわたしは異世界や魔法の話をしよう。この世界の住民にとっては珍しいものだろうしな!」
「……」
「というわけだ!! これからよろしく頼むぞ、皆の衆!」
「「「……」」」
「……えぇ~、里出流アリスさんでした~。みんな~仲良くしてね~……?」
なぜか引きつった笑みを浮かべる女教師。そしてこれまた何故かわたしに向けて好奇の視線ばかり送るクラスメイト達。
……うーむ、どうやらわたしはやらかしたらしい。主になにをやらかしたかなど皆目見当もつかないが、とにかくわたしはやらかしたらしい。
自己紹介をしろと言われたからしたまでだというのに、この仕打ちはあんまりじゃないか。こんなことになるのなら何をしちゃダメだとか、これはするべきだとか、そういうノウハウなんかを先に教えてほしかった。最初にわたしは異世界人だって言っておいたはずだぞ。おい目を逸らすんじゃない、おまえに言っているんだ女教師。
「……里出流さんの席はあそこね~?」
そういって、女教師は最後列の窓際の席を指さす。
「おまえ、せいぜい夜道には気を付けるんだな」
「私なにかしたかしら!?」
自己紹介は不発に終わってしまったがまあいい。これから取り戻していけばいいのだ。しかもこの日本という世界、さらに言えばこの学校とかいう施設はパパ、そして勇者もかつて通っていたことがあるという。そんな聖地のような場所に来ることが出来て、わたしは今非常にわくわくしているのだ。
わたしは教師に言われた席へと座る。そして周囲を見渡した。
皆一様にわたしを見ながらこそこそ話をしていた。とっても納得がいかない。少し聞き耳を立ててみる。
「……金髪碧眼だ……」
母譲りである。
「……めちゃくちゃ可愛い……」
それも母譲りだ。
「……態度でかくね?……」
それはたぶん父譲り。
「……体はちっちゃいけどね……」
それは母――ちっちゃくないわいっ!
「いきなり百面相して。〝君〟面白いね」
瞬間、鈴のように可憐な、心落ち着くような静かな声がした。
見ると、隣の席の少女が頬杖をついてこちらを向いていた。その少女、黒いしなやかな髪を肩口に切りそろえており、顔立ちが驚くほどに整っている。無表情さと相まってどこか作り物めいた美しさを纏った少女だ。
少女はわたしと同じ、太ももの真ん中より少し上くらいの丈、チェック柄のミニスカートを履いており、肌色が透ける黒い薄手のタイツで、すらっとした脚を覆っている。そしてブレザーの代わりか、白いワイシャツの上には灰色のパーカーを羽織っていた。
あんなもの着たり履いたりしてもいいのか。制服というからてっきり軍隊のような堅苦しさを想像していたが、案外そこは自由なのかもしれない。まあわたしは制服が目新しいし何より気に入ったため、しばらくはカスタムなしでいくつもりだが。とは言いつつ、わたしも頭に黒いリボン付けてるけどね。このくらいはいいだろう。
「おまえはわたしのこと、バカにしないんだな」
「ん?」
少女は一瞬、なんのことかと疑問符を浮かべたがすぐに得心がいったのか「あ~」と呟く。
「私だって驚いたよ。いきなり異世界が何だーって言い始めるんだもん」
なるほど、おかしなところはそこだったか。たしか日本では異世界が―とか魔法がーとか話す輩のことを中二病、というんだっけ。小さな頃から日本の文化には触れていたし、今回も日本については結構調べたんだけどな。そういうこと言うと、これほど冷たい視線を送られるわけか。実体験からでしか得られない知識もあるというものである。
「でもやけに冷静じゃないか。おまえ、普通に話しかけてくるし」
「そりゃ当然だよ」
変わらず表情を変えずに淡々と話す少女。……当然って、いったいどういう。
「だって私、勇者だし」
……はぁ?
「……勇者ぁ~?」
わたしは思わずむっとしてしまう。
日本における勇者という単語の軽さは理解しているつもりだ。日本のことを調べるにあたり、勇者関連の情報は真っ先に調べたからだ。どうやらこの世界の勇者や魔王、魔法や異世界といった類の単語は創作物の中でのみ存在し、実在を信じている者はごく少数らしい。
しかし、しかしだ。
それはだめだ。
だめなのだ。
わたしにとっての勇者は神よりも偉大で、尊敬すべき存在なのだ。ほかでもない、わたしの前でだけは、間違っても自分は勇者などと口に出してはいけないのだ。ここがかの世界であったなら、今すぐにこの場でお尻ぺんぺんの刑なのだ。
それはたとえ、少女が中二病患者だったとしてもである。
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