第三十三話 幸せの蓮が花開く①
「アヤメ、ありがとう。俺の元に戻って来てくれて」
ガマニエルは奇跡のように息づく小さな人間の娘をそっと抱え直した。
彼にとってはアヤメがもともとアンドロイドであったかもしれないということは些末な事柄だった。彼女が生きて、彼のそばにてくれることが全てだ。これ以上の幸せはない。
こんなにも小さく儚いのに、内にある魂はとても強い。
アヤメの強さは、謙虚さだと思う。
恵まれない境遇で、理不尽な扱いを受けてきたにもかかわらず、腐らず折れず、諦めずに活路を見出す。ガマガエルの妖怪に嫁がされても明るく振舞い、状況を受け入れ、伴侶となった男に愛情を注ぐ。
魔王剣を凌ぐほどの雷を内に秘めながら、決しておごらず、ただ己を信じて進んでいく。
その強さはアヤメだけの美しさであり、誇り高さだ。
彼女がガマニエルを選んでくれたことは、彼の人生において最高の奇跡だった。
「……俺の嫁は最高だな」
何の力も持たないようでいて、謙虚に美しい。ガマニエルだけの愛しい花嫁に、敬愛を込めて。そして、生まれて初めて知った深い愛情を込めて、彼はそっと口づけた。
優しすぎるキスに、アヤメはうっとりと目を開けた。
すっかり生まれ変わったように、身体中瑞々しい生命力にあふれている。
生まれ変わった?
そうだ、確か。旦那様が自らを剣で刺そうとなさったので無我夢中で飛び出したのだ。アヤメは確かに魔王剣で刺された。でも……
頭のてっぺんからつま先まで生き生きと血が巡る。
……生きている。
今まで感じたことのない新鮮な鼓動がする。
喜びに飛び跳ねるような。奇跡の音が鳴る。
代わりに、これまで体の奥底で
確かにアヤメは生まれ変わったのだ。
『どうしてアヤメはお母様みたいに綺麗じゃないの?』
『それはいつか、真実の愛をもらった時、生まれ変わるためよ』
母様が仰っていたのはこのことだったのね。
心からお慕いできる旦那様がこの唇に誓いのキスをくれたから。
優しく柔らかく切ないほどに神聖な口づけ。
『アヤメ、王子様には目覚めのキスよ』
そう。真実の愛は奇跡を起こす。
どこか、何かが欠けていたアヤメは、ガマニエルのキスで真に生まれ変わった。
「旦那様……」
ドキドキと心臓がせわしない。小鳥のさえずりのように騒がしい。
旦那様はアヤメを愛していると言ってくれた。こんなにも優しく口づけてくれた。嬉しくて恥ずかしくて胸がいっぱいになる。アヤメはその目に最愛の旦那様を映し、……
……どなた?
大きく目を見開いた。
アヤメを抱いていたのはムニムニと柔らかく弾む肌を持つ大きなガマニエル様ではなかった。見たこともないほど麗しく崇高な美青年だった。
「アヤメ。気が付いたのか? 大丈夫か? どこか痛むか?」
比類なき美しさを持つ男性は、目を開けたアヤメを見て満面の笑みを浮かべた。無事を確認するようにアヤメの頬や額をぺたぺたと触る。畏れ多いほどしなやかで美しい手のひらと長い指で。
「あ、……あの、旦那様……?」
「うん? どうした、アヤメ」
美青年は輝くばかりの笑顔でアヤメの髪を優しく撫でた。
この温もり。清らかな匂い。髪を梳く優しい仕草。
そして、アヤメを呼んでくれる低く甘やかに沁みる声。
アヤメの胸はきゅうっと締め付けられた。
間違いない。ガマニエルだ。
この声と温もりが不完全な自分を丸ごと受け入れてくれた時、アヤメは恋を知ったのだ。
アヤメは感じたことのない幸福感に弾け、ガマニエルの胸に抱き着いた。
「はい、旦那様。大好きです……っ」
大きくて強い旦那様も素敵だったけれど、美しくて優しい旦那様もやはり素敵だ。要するに、相手がガマニエルであれば、何でもいい。他のことは取るに足らない。
胸に飛び込んできたアヤメにガマニエルの心臓は鷲づかみにされた。きゅううっと甘い幸せに引き攣れる。
「……アヤメっ、俺も好きだ。大好きだ!」
ガマニエルは腕の中の愛しい存在を強く抱きしめ、立ち上がると、喜びのままくるくる回り始めた。とてもじっとしていられない。身体中の細胞が幸福に満ち満ちている。
「アヤメ、アヤメ、俺のアヤメ~~っ」
両腕を高く伸ばしてアヤメを掲げ、ガマニエルは軽快なステップで舞う。驚いた表情を浮かべていたアヤメも楽しそうな笑い声をあげた。
「出たぁ―っ、兄貴の満開くるくるダンス~~っ」
喜びと幸福に包まれた魔王城の広間で、ガマニエルに触発されたマーカスも勇み立ち、華麗な跳躍とアクロバティックな演舞を披露した。
「あ、いいなあ」「私もくるくるして欲しい」
「任せて子豚ちゃん」「誰よりも高く放り投げてみせるよ」
俄然やる気を出したドゴール王子とシルバン王子は、彼らの可愛い子豚たちを力任せに空に放ち、
「きゃあああ」「落ちますわ~~」
受け止めきれずにぺちゃんこにされた。
「いやいや、人間。まだまだだな。我の天突く高さをしかと見よっ」
更には魔王ドーデモードまでが対抗意識を燃やし、愛しの魔王妃ラミナを高々と投げ飛ばした。
「きゃあ、あなたぁ――っ、何するのよ……―――っ」
ラミナは天井の抜けた魔王城から空の彼方まで舞い上がり、
「あ、どうもその節はお世話になりました」
「無事に呪いが解けて何よりです」
一部始終をハラハラしながら見守ってきた月と太陽に挨拶して、再び広間に戻ってきた。
「可愛い、可愛い俺のアヤメ……っ」
太陽よりも月よりも美しい絶世の美男子ガマニエル・ドゥ・ニコラス・シャルルは、愛しの妻を掲げては抱きしめ、頬を擦り寄せて感慨に耽っている。太陽と月は再び彼を心ゆくまで照らせることに至福のため息をついた。
「ふふっ、くすぐったい」
ぎゅううっと強く抱きしめられて、優しくすりすりされる。ガマニエルから溢れ出る愛情を惜しみなく与えられ、嬉しさとくすぐったさで笑い声を上げながら、アヤメは心からの幸せに感謝した。
無邪気な旦那様が可愛い。
もう大型犬でも大型ガエルでもないけれど、ガマニエルはガマニエルで変わらない。
強くて優しい最愛の旦那様。
私を見つけてくれてありがとう。
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