第二十四話 魔王妃ラミナの逆襲③

 ラミナス祭当日。

 降り積もった雪を眩しい日差しが照らす中、朝早くから号砲が鳴り響き、鮮やかに彩られた煙幕が祭りの開催を知らせた。

 この日を心待ちにしていた街の人々は皆早起きで、装飾が施された通りには軽快な音楽が流れ、次々と市が立ち並ぶ。人々はラミナス祭万歳、と賑やかに声を掛け合いながら、出店巡りに勤しんだ。


「どんな衣装にしようかしら、迷っちゃうわぁ」

「見てから決めましょうよ」


 金のドゴール、銀のシルバン王子とその妻アマリリス、アネモネも、珍しく早起きをしてウキウキと市場へ出かけていき、貸衣装屋を巡る。


「私がベストカップルに選ばれるところを見せつけてあげるわ」

「あら、お姉様。ベストと言えば選ばれるのは私よ」

「何言ってるの、ベストは私って昔から決まってるわよ?」

「あらあら、お姉様。私の方が常にベストよ。ベストが服着て歩いてるって言われてるもの」

「何言ってるの、ベストが服着たら重ね着になっちゃうでしょ」

「違うわよ、そのベストじゃないわよ。巧みな表現ってやつよ」


 どこまでも低レベルな争いを繰り広げながら。


 しかしその妻たちをスマートにエスコートしつつ、

 そうか、そんなに僕とベストカップルになりたいのか。

 と、それぞれの王子たちはまんざらでもないのだった。


「祭りの朝市では、パンマルシェが人気ですよ。特にフルーツサンドが絶品で売り切れ必須なので、早めに行かれてみてはいかがですか」


 モリス卿の勧めで、アヤメとばあやはパンマルシェに出かけることにした。ガマニエルは教会で待っていると言い、ガラコスとルキオが供について来てくれた。


「ばあや、ばあや、見て。みんな並んでいるわ。やっぱりすごく人気なのね」


 様々な形の氷のオブジェが並べられた通りは、華やかに賑わっている。アヤメは所狭しと並び立てられた市を見ながらはしゃいで歩いた。

 モリス卿が言っていたパンマルシェは行列が出来ていて、目当てのフルーツサンドは既に残りわずかだったが、メロンと柿といった珍しい組み合わせのフルーツと芳醇なクリームがマッチした絶品をゲットすることに成功した。


「すごく美味しいわ」「ですね、姫さま」


 フルーツサンドを堪能した後は、ガラス細工工房を訪れたり、雪見酒の利き酒をしたり、子どもたちの演奏会に耳を澄ませたりして、通りの催しを端から楽しむ。

 アヤメは終始笑顔で、憧れのお祭りに参加できて本当に嬉しそうだったが、それでもばあやにはどこか無理があるように感じられた。


 姫さまも、本当は婿殿とカップルイベントに参加したかったんでしょうに。


 昨夜、ガマニエルが食事処を出て行ってから、アヤメはどこか空元気のように見える。自分は旦那様にふさわしくない、とでも思っているのではないか。


 ガマニエルは優しいから妻であるアヤメを優先してくれるが、人前に出すには、やはり姉姫たちのように美貌と知性を兼ね備えた華のある女性がいい。そもそも、ガマニエルがこの旅に連れていきたかったのは本当は姉姫たちなのだ。自分は無理矢理ついてきたに過ぎない……


 などと思っているのが手に取るように分かる。


「姫さま。婿殿は恥ずかしがってらっしゃるんですわ」


「……うん、そうね。恥ずかしいよね」


 果たしてあの醜悪な妖怪王に恥じらいなどあるのか、と内心疑問に思いながらも、ばあやはなけなしのフォローをしてみる。が、アヤメは自分といることが恥ずかしいのだ、とマイナスに捉えてしまう。


 逆じゃ、逆! と叫びたい。実は実際、叫んでもみた。

 アヤメの頭を揺さぶって、姫様に恥ずかしいところなど一つもありません! しっかりなさいませ、と。


 しかし、どうにも姫さまの心には響いてくれない。

 長い間、地味だのゴボウだの王家の恥じだのと蔑まれて、自分の魅力に気づいていないのだ。ばあやの言葉は体のいい慰めと思われているようで聞く耳を持たない。


 そればかりか、旦那様こそ恥ずかしいところなんて一つもない、ばあやは言葉が過ぎるわ、などと諌められる始末だ。あの容貌を丸ごと受け入れるとは、姫さまは嗜好が偏っている。


 ……まあ。姫さまは不遇の時代が長かったから、趣味が変でも文句は言えまいが……


 ため息を堪えながら、アヤメと並んで歩いていたばあやだが、


「……姫さま?」


 いつの間にかアヤメの姿を見失っていた。

 気が付けば「シンデレラの館」などというどこか怪しげな天幕が立ち並ぶ区域に迷い込んでいる。


「姫さま、どこです? お待ちになってくださいませっ……!」


 慌てて従者のガラコス、ルキオと共にアヤメを探す。

 彼らも、煙に巻かれたように、一瞬のうちに姿を消したアヤメを心配していた。


 焦ってあちこち駆けまわり、天幕の中を覗かせてもらいなどするが、アヤメの姿はどこにもない。姫さまは一体どこに行かれてしまわれたのか。


「……どうかなさいましたか」


 寒い北の国で汗だくになっているばあやと従者たちに、声がかかる。

 音もなく現れた妖艶な女性が、にっこり笑いながらばあやの前に立ちはだかった。


「姫さまがっ、……アヤメ姫さまが、いなくなってしまわれたんですっ」


 血相を変えるばあやに、赤紫色のマントを纏った女性は長い黒髪をたなびかせてふふふと笑った。


「ご安心なさいませ。あの娘は行くべきところに行き、やるべきことをやるために召喚されたのです」


 行くべきところ? やるべきこと? ……召喚?

 どうしよう。この方が何をおっしゃっているのか全く分からん。


 困惑するばあやの後ろで、ガラコスとルキオが警戒態勢をとる。


「妖気」「妖気」「さらわれた」「さらわれた」


「ふふふ。慌てるでないわ。まずはあの娘に真実を見せつけてから。そう、血祭のメインディッシュは最高に美しく仕立て上げてからよ」


 ガラコスとルキオを一蹴し、怪しげな女性は自分の手を掲げると、ふっと息を吐きかける。そのとたん、目にもとまらぬ速さで近くの天幕に大きなアゲハ蝶がピン止めされた。アゲハは未だバタバタと羽ばたいている。生きたまま刺されたのだ。


 ばあやはこれまで感じたことのない冷たい悪寒に身を震わせた。


「お嫁様、どこ」「どこだ」


 いきり立つガラコスとルキオに、魔女のような女性の濃い赤紫に塗られた唇がゆっくりと告げる。


「あの娘には変身願望がある。自分の望む姿になり、永遠の絆を求めて恋人選びの門をくぐる。さあ、彼女はどんな変貌を遂げるのか。そして誰と洞窟を進むのか。ふふふ、楽しみに待つが良い」


 女性は赤紫色のマントをひるがえすと、一陣の風を巻き起こした。


「わあ……っ」「何を……っ」


 天幕やのぼりがバタバタと音を立てる中、蝶々の大群が発生し、三人の視界を覆う。

 目を開けると、怪しげな女性の姿はどこにも見えなくなっていた。

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