第三十四話 決闘 1
「…いよいよ"決戦の時"だな」
ベットから起き上がると、春らしい陽の光が差し込んでいる。
その光は、部屋全体の光度を上げ、床に散乱した脱ぎっぱなしの服や、飲み終わったペットボトル、食べ終わったお菓子の袋達を強調し、彼のだらし無さが再度浮き彫りになる。
だが、そんな光が道を作るように進むと、彼が昨夜まで齧り付いていた机をフォーカスした。
机上には多くの裏紙が積み上がり、乱雑に参考書類が散乱していたが、その周囲だけ部屋全体とは違った雰囲気を放っている。
"管理された乱雑"とでも言うのか、彼のだらしなさにより作られた荒れ果てたこの部屋とは違い、物が折り重なった机板には"努力"の証が垣間見えた。
「ん?なんだこれ」
そんな光の道筋を目で追うと、ノートに書かれたひとつのメッセージが目に入る。
――西条くんなら絶対に勝てます!!
ノートの角辺りに小さく書かれたそれは、綺麗な筆跡から、彼女の品が感じられるのと同時に、その性格を考えるとある種の驚きが襲ってくる。
「ははっ、そんなキャラじゃねぇだろ」
ポツンと書かれた"応援メッセージに対して、じわじわと暖かい物が西条を包みこんだ。
だが、人の暖かさにまだ慣れていない彼は、ボソリと呟き、照れ隠しのようにそう笑った。
学校に着くと、昨日までのピリピリした空気とは違い、いつも通りの空気が漂っていた事に少しの安心感を感じる。
(助かった。ずっとあんな空気の中居たら思わずキャラが崩れちまいそうだからな)
彼は、お調子者を演じることに並々ならぬ神経を使っていた。
本来の西条の性格とはかけ離れたものだからこそ、油断すれば仮面が剥がれ落ちる危険性がある。
特に、ピリピリとした緊張感のある空気の中では、無意識のうちに本来の自分が顔を覗かせてしまうかもしれない。
それを避けるため、西条は常に軽薄な笑顔を貼り付け、“フツー”を演じ続けるが、そんな自分を続ける事にも、如何せん無理があった。
「昨日まであんな空気だったのに、なんで急に変わるんだ…? ま、俺にとっちゃありがてぇけどよ…」
思わず心の中で浮かんでいた疑問が、ふと口をついて漏れる。
その言葉を、隣の席に座っていた少女が静かに拾い上げた。
「皆さん、昨日のうちに納得のいくまで勉強を重ね、最終調整を済ませているのですよ。去年は私も空気の変わり様に驚きましたわ」
星羅は微笑みながら、淡々とした口調でそう答えた。
思わず声が漏れていた事に油断した、と少し驚きながらも変な事を口走っていない事に安堵した。
「……流石、白鳳学園ってわけか」
周りの自信に溢れた表情に少しの焦りを感じたが、ここ最近の自分の"努力"を思い出すと、その焦りは消え失せた。
そんな中、星羅がこちらを見ている事に気が付かなかった。
「……貴方なら、きっと出来ますよ」
ボソッと呟かれたその声は、誰の耳に届くでもなく、その場を漂い薄まって消えた。
だが、彼女にとってその言葉は、誰かに聞かせるものでもなく、ただ、"友人"の安寧を祈る為の言葉であった。
(なんや、私らしくない事して)
慣れない事をした彼女は、後から襲いかかってきた恥ずかしさに顔が赤らむ。
全身が熱くなるのを感じ、そんな表情に気がついた彼女は照れ隠しからか、どこか自嘲の念を心に浮かべ、少し赤らんだ顔を隠すために誰、も居ない校庭が見える窓の方に顔を向けた。
「いよいよだな!」
後ろから声を肩を叩かれ振り返ると、そこにはニッと笑いながら立つ藤井がいた。
「おぉ、拓海か!お前、大丈夫なのか?」
西条が声をかけると、藤井拓海は怪訝そうに眉をひそめる。
「大丈夫って何が?」
何の事なのかパッと来ず、藤井が少し混乱の表情を見せると、ニヤッと笑った表情を抑え、いつもからは考えられない程真剣な表情を作る。
「勉強できなそうな顔してるけど」
「どんな顔だよ!!んなわけねぇじゃん!俺がそこそこ出来るって、いつも見てただろ?」
「はは、悪ぃ悪ぃ、それより問題は…」
西条が視線を向ける先には、机の上に単語帳や教科書を広げ、必死にページをめくる市原聖奈の姿があり、お互いに「やっぱりな」という感想が浮かぶ。
「やばいやばい…! ここら辺の単語、全部忘れたんだけど!」
焦った様子で騒ぐ市原は西条達の視線に気がつくと、彼らに助けを求めるように西条たちに視線を送る。
だが、その必死な表情を見た彼らは、顔を見合わせて呆れたようにため息をつく。
「まぁ、あいつなりに頑張ってたし、大丈夫だろ」
藤井が軽く笑いながら言うと、西条は微妙な表情を浮かべる。
「ねぇちょっと!? 全然大丈夫じゃないんだけど! 助けて!」
わざとらしく泣き真似をしながら訴える市原。だが、西条たちはそれを横目に、聞こえないふりをする。
「……大丈夫だな、問題なし!」
面倒事を避けるかの様に、テスト直前まで慌ただしい彼女が見えないふりをした。
そんな談笑を他所に、テスト開始のチャイムが鳴り響く。
席に着こうと後ろを向いたその刹那、藤井が声音を変え、語りかける。
「西条、頑張れよ。もしダメだったら俺たちが...」
朝比奈凜との約束、いざとなれば自分たちが助けよう。
そんな気持ちが彼の中には浮かんでいた。
まだ彼等は出会って1ヶ月ちょっとだった。
だが、彼にとって西条は大切な友人の一人に違いは無かった。
だが、そんな不安を振り切るように、真逆の自信満々の表情を向けられるのであった。
「おいおい、始まる前から負けた後の事考えんなよ」
「俺は勝つ。それだけだ」
そんな台詞に思わず笑いが込み上げてくる。
(勝負をする西条がこんななのに、ただ見守るだけの俺がこんなに気にしててどうすんだよ!)
彼の過去は何も知らないが、こんな彼の様子を見ると、勝手に感じていた不安も吹き飛ぶのであった。
「お前って根性あるよなぁ」
「だろ?」
歯を見せ笑う彼の表情は、この教室の誰よりも自信に満ち溢れていた。
ガラガラとドアが開き、担任の中川が入ってくる。
「お前ら、そろそろ席につけよ」
そんな声を聞き、立っていた生徒たちは一斉に着席をする。
そんな中で藤井は、先程までの彼に対する不安も消えうせ、思い浮かんだたった一つの言葉を掛ける。
――西条、お前なら絶対できるぞ!
西条は後ろを向きながら右手を上げ、ヒラヒラと振る。
その単純な動作に込められた、任せろと言わんばかりの自信をしっかりと感じ取ったのであった。
「それでは、只今より実力テストを始める!」
教室中に中川の声が響き渡ると同時に、先程までの穏やかな空気感は薄れ、一気に緊張へと包まれるのであった。
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