第一章~変わりゆく日常~
第一話「完璧な少女」と「お調子者」
東京の名門、白鳳学園高校。この学校は、都内屈指の格式を誇り、学業・文化・スポーツなど、あらゆる分野で成果を上げる優秀な生徒たちが集う場として知られている。その広大な敷地には、創立当初からの伝統を受け継ぐ重厚な建築が並び、手入れの行き届いた庭園には、四季折々の花々が咲き誇る。校内には点在する彫刻や美術品が美術館を彷彿とさせるほど多岐にわたり、白鳳学園が単なる学び舎ではなく、洗練された学びの場であることを象徴していた。
この学園に通う生徒たちは、誰もが特別な背景や才能を持つ。財界や文化界に影響を持つ名家の子息、全国的な大会で注目を集めたアスリート、数々の学術コンテストで優秀な成績を収めた秀才たち――そのいずれもが、白鳳学園の名にふさわしい輝きをまとっていた。この学園に通うこと自体が、一種のステータスであり、誇りだった。
そんな学園で迎えた春の新学期。舞台は、進級初日の二年生の教室。校庭から吹き抜ける春の柔らかな風が窓を揺らし、カーテンがリズミカルに揺れていた。新しいクラスメイトたちが緊張しながらも和やかな会話を交わし、少しずつ距離を縮めようとする中、一人だけ明らかに周囲とは異なる雰囲気を放つ少女が、窓際の席に静かに座っていた。
花ヶ崎星羅――彼女は、京都の名家「花ヶ崎家」の令嬢として知られている。その長い黒髪が風に揺れる姿は美しく、教室にいるだけで自然と視線を集めていた。星羅の端正な顔立ちは、あどけなさと上品さが絶妙に調和しており、彼女の存在そのものが周囲を圧倒するほどの特別感を漂わせている。
「おはようございます、花ヶ崎さん」
「おはようございます」
クラスメイトたちは彼女に次々と挨拶をするが、どの声にも敬意や遠慮が滲んでいる。花ヶ崎家の名は、財界や文化界で大きな影響力を持つ存在として誰もが知るところであり、自然と生徒たちの振る舞いにも緊張感をもたらしていた。
それでも星羅は微笑みを崩さない。その上品で柔らかな挨拶は、誰に対しても平等で、けれどどこか冷たさも感じさせた。
花ヶ崎星羅は、幼い頃から「花ヶ崎家の令嬢」として英才教育を受けてきた。ピアノや茶道、華道、バレエまで――そのどれもで優れた成果を収め、さらに護身術や言語学にも精通している。その立ち居振る舞いは優雅で、一挙一動が洗練されており、どこを切り取っても絵になるほどの「完璧さ」を備えていた。
しかし、そんな彼女にも誰にも言えない悩みがあった。
星羅はふと窓の外に目を向ける。澄み渡る春の青空が広がり、校庭には進級初日を迎えた生徒たちの賑やかな声が響いていた。その明るく弾むような空気の中で、彼女だけは違う世界にいるように感じていた。
(今年もきっと、いつも通りなんやろな……)
心の中でつぶやいたその声には、微かな諦念が滲んでいた。
星羅にとって、花ヶ崎家の名を背負うことは誇りであると同時に、重い枷でもあった。幼い頃から周囲から「完璧」を求められ、それに応える日々を送ってきた結果、彼女は知らず知らずのうちに周囲との間に目に見えない壁を作り上げていた。そして、彼女自身もその壁を受け入れ、時には自ら厚くするような振る舞いをしていた。
財界や文化界のエリートたちに囲まれる日常の中で、彼女に向けられるのは常に敬意や羨望の眼差し。だが、それらはどこか表面的で、心の奥底から彼女を理解しようとする者はいなかった。
(ほんま、誰もわたしのことなんか知ろうとせんのやろな。なんたって、"花ヶ崎"として見られるんやし、この学園に来たって、結局なんも変わらへんのやなぁ...)
星羅の心の奥底には、誰にも打ち明けられない孤独感が潜んでいた。完璧な令嬢として振る舞う彼女には、周囲の期待に応えること以外の選択肢はない。それでも時折、ふと心の中に虚しさが広がる瞬間があった。
(こんな日々が、いつまで続くんやろか……)
彼女の視線は再び窓の外へ。校庭を歩くクラスメイトたちの笑顔が、遠い世界のものに感じられた。
そんな中、彼女は心の中で、これまでにない感覚が芽生えつつあることに気づいていた――それが何を意味するのか、まだ星羅自身にも分からなかったが。
星羅の心に静かに渦巻く孤独と退屈が、この日を境に少しずつ形を変えていくことになる。そのきっかけはまだ訪れていないが、すでに教室のどこかに小さな波紋が生まれ始めていた。
この新学期、白鳳学園で始まる物語の第一章は、こうして幕を開けようとしていた――。
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