第44話 TKG降臨
そして、夕食の席。
宣言通り……今日の夕食にはTKG、即ち、卵かけご飯が出てきた。
「この世界にお米があって良かったねー。卵もあって、お醤油もあって、美味しいご飯が食べられそうだよー」
エプロン姿のトワがポワポワとした笑顔で言う。
食卓には白米がたっぷり、カゴの上に本日の収穫物である卵が積まれている。
そして、醤油。ツバキが一日で製作したそれが独特の匂いを放っていた。
「今日はおかずも薄味の物にしたよ。卵かけご飯をたっぷりと楽しめるようにねー?」
「おお……何か、妙にワクワクするな……」
ただの卵かけご飯。
日本にいた頃は別に食べたいとも思ったこともないのに、二年間、異世界で暮らしてきたことで妙に懐かしく感じる。
そんなに興奮するようなイベントではないはずなのに……異常に胸が高鳴って仕方がない。
「ほ、本当に食べられるのね……もう、二度と食べられないと思ってたわ……」
それはツバキも同じであるらしい。
木製のスプーンを片手に、唇の端からヨダレを垂らしている。
「ご飯はたっぷりと炊いておいたから、おかわりしても良いよー。それじゃあ、召し上がれー」
「「いただきますっ!」」
龍一とツバキが同時に手を伸ばし、カゴに積まれた卵を手に取った。
二人がテーブルで卵を叩いてヒビを入れ、盛りつけられた白米の上で割る。
「オオッ……!」
「卵の黄身って、こんなに色が濃かったかしら?」
龍一が感嘆符を漏らし、ツバキも大きく目を見開いた。
ダンジョンで入手した卵……コカトリパピーのドロップアイテムであるそれは黄身の色がニワトリの物よりも濃ゆい。
スプーンの先で黄身を割ると、白米の上にトロリと黄色い濁流が溢れた。
「「ゴクリ……」」
龍一とツバキが同時に唾を飲む。
これは美味い……口にせずとも、それが理解できた。
龍一がすぐに白米と卵を混ぜ始めて、ツバキは醤油を手に取った。
どうでもよいことだが、龍一は後で、ツバキは前に醤油を入れるタイプであるらしい。
「「いただきますっ!」」
そして、同時に卵かけご飯をかっこんだ。
口の中に広がる白米の弾力と濃厚な卵の味。
醤油が上手い具合にそれらの味を引き立てており、全ての
「美味い……!」
「おいしい……!」
龍一とツバキがテーブルに突っ伏して悶絶した。
これを美味くないという日本人が存在するのだろうか。
TKGと醤油。最強の組み合わせ。日本人の身体に細胞レベルで沁み込んだ、もっとも身近でお手軽な美食である。
「美味しいねー。これもツバキちゃんのおかげだよー」
同じように卵かけご飯を食べながら、トワもポワポワと感嘆する。
「お醤油があるとないとじゃ、全然違うもんねー」
「…………」
トワに褒められながらも、ツバキはノーリアクション。
否。無心になって卵かけご飯をかっ込んでいた。
気のせいではなく、ツバキの目尻には涙まで浮かんでいる。よほど感動しているようだった。
「この魚も卵かけご飯に合うな……流石じゃないか」
「ありがとー。やっぱり、和食には塩鮭だよねー?」
夕食は卵かけご飯だけではなく、焼き鮭も一緒に出されている。
厳密に言うと、鮭によく似た別の魚。王都第二ギルドが管理している『怪魚の渓谷』という場所で産出されるドロップアイテムだった。
味は鮭とほとんど変わらないため、塩を振って焼いた身をほぐして卵かけご飯に載せるとベストマッチだった。
「そうだ……ちょっと思いついたんだけど、今度、引っ越し祝いをやらないかなー?」
トワが食器をテーブルにおいて、そんなことを言いだした。
「引っ越し祝い? ホームパーティーでもしたいのか?」
「そうそう、せっかく新しい家に引っ越したからね。美奈ちゃんとかティーナさんとか呼んで、みんなでご飯とか食べたいなって」
「……なるほど」
そういえば……友人である野田浩二、他の連絡の取れるクラスメイトに、トワと再会できたことについて連絡していなかった。
報告も兼ねて、友人達を招いても良いかもしれない。
「モグモグ……アタシは良いわよ、別にー」
意外なことに、ツバキが即断で賛成した。
「美味しい物はみんなで食べる方が良いわよね……モグモグ」
卵かけご飯のおかげで機嫌が良いからだろう。
口をいっぱいに膨らませながら、声を弾ませて言う。
「まあ、二人が良いのなら俺には文句はないよ」
「ありがとー。それじゃ、準備するねー」
言いながら、トワもパクパクと卵かけご飯を食べている。
しかし……ふとスプーンを止めて、不思議そうに首を傾げた。
「ところで……この卵、コカトリパピーの物だよね?」
「ん? ああ、ドロップアイテムではあるな」
「コカトリってことは、『コカトリス』の子供なのかな? アレって鳥と蛇を合わせたモンスターだったはずだけど、この卵って……?」
「言うな」
最後まで言わせることはなく、龍一がトワを黙らせた。
この卵の正体に気がついてしまったら、龍一もツバキもスプーンを止めてしまうかもしれない。
「美味い物に罪はない……そうだろう?」
「そうだねー、いっぱい食べようねー」
「モグモグ、ムシャムシャ……」
三人は久しぶりになる卵かけご飯に舌鼓を打ち、充実した夕食を終えたのであった。
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