近畿地方のあるラボについて

人鳥暖炉

人鳥暖炉と大学の怪談【大学院生編】

 私が近畿地方のあるラボにいた時の話です。


 当時、ラボの後輩に霊感があると自称している大学院生がいたんですよ。その後輩曰く、研究室にあるライトサイクラーの前に、髪の長い女の幽霊が立っているというのです。


 説明しよう! ライトサイクラーというのは、特定の遺伝子のRNAがどれくらいあるかを測定するための装置である! 

 ……まあ、よく分からなかったら、とりあえず生物学の実験に使う機械だと思ってもらえれば良いです。


 ともあれ、ライトサイクラーと幽霊とは、なんともギャップのある組み合わせです。牛丼とマンゴーラッシーのセットくらいあまり聞きません。


 その髪の長い女性はライトサイクラーで得られた実験結果が悪すぎてショック死してしまったのでしょうか?

 それとも「ライトサイクラーなんて故障するに決まっとる。夜中じゅう起きてチェックするのが当然で(※作者注:そんなことありません)私はいつもそうしてますよ」と怒られ、毎晩夜中じゅう起きてチェックしているうちに睡眠不足で力尽きて死んでしまったのでしょうか?


 いやいや、まさか。人が死ぬような事件があったら、さすがに話が伝わってるはずです。

 私は、その幽霊話を本気にしませんでした。



 さて、その後輩が修士課程を修了していずこかへと去った後も、私は博士課程の大学院生としてラボに残っていました。

 そう、泣いたり笑ったりできなくなることで知られる、あの博士課程です。皆さん、知っていますか? 世の博士達は博士号を得るのと引き換えに二度と自力では笑えない体にされてしまっているため、表情筋にガルヴァーニのカエルのごとく電極を刺しており、笑わなきゃいけないと思ったらリモコン操作で電気刺激を送り込んで表情筋を収縮させることで笑顔を作っているんですよ(諸説あります)。

 博士の笑顔は、科学の力で作られているというわけですね。科学の力ってすげー! 嘘だと思うなら、皆さんの周りの博士号を持っている人に聞いてみてくださいね。


 おっと、話が逸れましたね。


 まあとにかく、博士課程の大学院生としてラボに残っていると、新たな後輩が入ってくるわけです。ある時、ふとしたきっかけで、私はそうした後輩の一人に、前述の髪の長い女幽霊の話をしました。

 そして、その話をこういう言葉で〆たのです。


「そういうことを言ってた人がいたんだけど、でもこの研究棟まだ新しいし、二人も死人が出てるなんてそんなことあるわけないよね」


 ……お分かりいただけたでしょうか。


 そう、この〆の言葉はおかしいんですよ。だって、この話に登場する幽霊は髪の長い女一人だけなんですよ? それなのに、いったいどうして『二人も死人が』となるのでしょう?

 この点に疑問を抱いた後輩は、きっとこう聞いてくるはずです。


「なんで出てくる幽霊は一人だけなのに『二人も死人が』になるんですか?」


 すると私は、すかさず『しまった』という顔をして、こう答えるのです。


「『二人も』なんて言ってないよ?」


 後輩は納得せず、「いや、言いましたよ」と食い下がってくることでしょう。そこで私は、スッと能面のような顔になって「◯◯さん、私はね、『二人も』なんて言ってないんだよ。いいね?」と有無を言わせぬ調子で言うのです。


 後輩は、そこで察するに違いありません。

 このラボでは既に一人は死んでいるが、その一人は髪の長い女ではないこと、そしてその事件はこのラボにおいて決して触れてはならぬタブーになっているのだということを。

 そして、底知れぬラボの闇に恐れおののき打ち震えるのです(本当はべつに誰も死んでないんですけどね)。

 これが私の描いた筋書きというわけですよ。いや~、完璧な作戦っすね~。


 さて、私の話を〆の言葉まで聞き終えた後輩は言いました。


「へ~、そんなこと言ってた人がいたんですね~」


 ……………………

 ……………………

 ……………………

 ……………………

 ……………………


 ……えっ、それだけ? Wait, Wait! そんなはずはないでしょう!


 しかし現実は残酷でした。無慈悲でした。最終的に私は、しょぼんとしながら「あのね、今の話はね、『二人も』のところに疑問を持って欲しくてね……」と自らネタばらしをすることになったのです。

 それに対する後輩の反応は「いや~、何の疑問も持たず『二人も』をスルーしてましたね~」というものでした。

 しょぼん。


 おしまい。

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