第21話 ●幸徳井花純

「お父様のお手伝いをしに来たはずですのに」


 少女はため息混じりの泣き言をこぼし突っ伏すると、白いテーブルの上に彼女の艷やかな黒髪が広がった。

 脱力した姿と憂いた瞳がどこか妖艶さがある項垂れる少女、その大人びた雰囲気も相まりなんとも言えない色気を醸し出している。それが自室や知り合いだけの場であればよかったのだが、残念ながらここは公共の場、しかも少女の容姿が非常に整っているのものだからチラリチラリとする多くの視線が集まっていた。

 少女はよほど落ち込んでいるのか回りが見えておらずそのことに気づいていない。

 

 物憂げにしている少女は『幸徳井花純』。

 陰陽五家『幸徳井天元』の娘である。


 花純がこうも落ち込んでいるのには理由があった。


 先日の出現、その場所が場所なだけに退魔師協会としても総出で当たることになった。

 何しろその場所はの地元。土御門家は陰陽五家筆頭であり、更に当主は現退魔師協会の会長を務めている。

 つまりはこれは退魔師協会全体に関わる事件と言って良い。退魔師協会の体面の上でも防備的な意味でも決して見過ごすことが出来ない事柄だった。

 だからこそ陰陽五家の当主である幸徳井天元も呼ばれた。何が何でも原因を特定するために。

 そしてその手助けをと花純も着いてきた。

 花純は少しでも父の手助けになればと息巻いていた。


「私・・・・役立たずですね」


 だが今は元気の無い声をもらすイジケ虫となっている。


 その理由は至極単純。



 花純が調からだ。



 幸徳井家の者である花純は当然ながら『陰陽術』が使える。幸徳井家が得意とする陰陽術は『金行』である。

 『金行』とは陰陽五行『火』『水』『土』『木』『金』の一つ。五行にはそれぞれに属性というものがあり、分かりやすいところでは『火行』は文字通り炎を操ることが出来る陰陽術だ。

 更にそれぞれの陰陽術には『陰』と『陽』の二面があり、それぞれ別の術が存在している。


 『金行』、これは文字通り金属、というよりは事が出来る術だ。

 例えば硬い鉄を粘土のようにグネグネに折り曲げたり、逆にプラスチックを鉄のように硬くしたりといった感じだろうか。ただ固形物でも木や氷、それと土などは対象から外れる。木は単純に生きているからであり、氷や土などは水分などを含んでいるからだ。逆に言えば岩などはある程度影響を与えることが出来るが、だがそれでも金属などと比べると効果範囲は格段に狭くなる。

 それが『金行』における『陽術』である。


 だが今回天元が呼ばれたのはこの『陽術』ではなく『陰術』の方になる。

 『金行』の『陰術』、それは術の性質事態がガラリと変わる。

 『金行陰術』は『毒』の術だ。

 簡単に言えば毒の精製や抽出である。

 だが偏に毒と言っても様々なものがある、そして毒と薬は表裏一体、陰と陽の関係でもある。

 毒が精製出来るということは逆に言えば薬も精製出来るということ。

 その『陽』と『陰』の性質を考えると、『金行』とは錬金術師アルケミストに近い術といえる。

 今回の天元の役割はこの『金行陰術』を使用しての調査だ。


 だから花純は役に立てなかった。


 なぜなら花純は『金行陰術』が使からだ。


 厳密に言うと使えないのではなく使なのだが、花純も毒や薬の精製は多少は出来るのだが、その成分や効果がまばらで品質が著しく悪い。成分が安定しない毒や薬はハッキリ言って使い物にならない。


 だが逆に花純は『陽術』は得意だった。

 ただという注意書きがつく。


 『金行』は先程述べた通り固体に対して作用する陰陽術である。言うなればそれが固体、特に金属であればその形状や用途は関係なく術は作用させられる。

 しかしなぜか花純の『金行陽術』は、花純が使



 そう、花純は戦闘特化のなのだ。



 ただそれでも地頭が良い花純は事務処理などに勤しんでいた。少しでも手助けになればと思って頑張ったのだが、正直な話それは花純じゃなくても出来る仕事であり、もっと言えば専門の職員の方が手早く正確にこなす。

 気がつけば花純は手持ち無沙汰で父について回るマスコットになっていた。

 それを気遣ってか天元は花純に暇を与え、近くのにでも行ってきなさいと言ってきた。

 これが花純からしたら厄介払いに思え、その場にいても役には立たない事実から逃げるように言われた通りにやってきた。


 そしてこうして自己嫌悪に落ち込んでいる。


「私、しか能の無い女だもん・・・・」


 花純のボヤキが雑踏に消える。


 そんな落ち込んでいる花純に近づく2つの人影。


「ねぇ君1人? 暇してるんだったら俺らと一緒にどう?」

「俺らも男2人じゃつまんなくてさ。一緒に体感VRゲームをしに行かない。君みたいな可愛い子と一緒だとすんげぇ楽しいし」


 もはやテンプレとも思えるナンパを掛けてきたのは、大学生くらいの男2人組だ。

 あまりガラの良くない格好をし、ニヤニヤと下心を丸出しにした笑みを浮かべている。しかも花純に話しかけた内容は実に身勝手なことばかり。


「結構です」


 当然ながら花純は忌避感を覚え即答で拒否した。

 そもそも今の花純は楽しむ気分ではない。


「そう言わずにさ。行こうぜ。きっと君も楽しいよ」


 しかし男たちに諦める様子はなく、更に押しを強くし花純の座るテーブルに手をつき身を乗り出してくる始末。しかも根拠のない押し付けがましい提案までしてくる。

 周囲から心配と迷惑そうな視線が向けられているが男たちは全く気にもしない。それどころか花純以外目に入っていないと言った様子だ。花純は内面こそではあるが、外見は清楚なお嬢様といった感じの美少女。その美貌と隔絶とした雰囲気は控えめに言ってもよく目立つ。しかも花純にとってはあまりに嬉しくないことだが、今の物憂げな感じが更に魅力を上げてしまっている。このような少女が1人になればこういった類も寄って来ようというものだ。


 ただ大人びて見える花純だが、実際の年れは14歳でまだ中学生である。

 男たちが20歳あたりだとすればこれは間違いなく事案である。


 そんなことを知らない男らは花純に圧を掛けるように詰め寄る。


「な、そうした方が絶対君にとっても良いって」


 まるで脅迫のような言葉に花純は虫を見るような目で男たちを睨んだ。

 しかしそれが彼らの嗜虐心を満たしたのか口元を三日月のように歪めさせ、逃さないと花純の肩へと手を伸ばす。

 花純も曲がりなりに『妖魔』と戦う陰陽師の娘である、しかも戦闘特化の脳筋仕様。一般人がどうこうできる相手ではない。

 花純は伸びてくる手を払いのけようと甲を向けて手を振り上げる・・・・・・・・つもりだったが、花純は突然目の前に起きた珍事に瞳を見開いて固まった。


「ぎゃ、うっ!」

「え、ほぶ!!」

「はわ♡」


 なんとナンパしてきた男2人が花純の前で

 それはあまりに衝撃的で唐突な出来事。周囲からも驚きの声が上がる。

 花純も眼の前の珍事に驚いていたのだが、その瞳にキラキラとした怪しい光を宿したことをを除いて誰も気づくことはなかった。

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