第20話 休日のお出かけ2
スポーツ用品店で運動会用の靴を決めた。決めざるを得なかった。そうしないとあっちに戻りそうだった。
選んだのは子供用のランニングシューズで白地に灰色のエナメル生地がアクセントになっている実にシンプルなデザインのもの。ただそのかわり有名なメーカー品で、お値段も5桁まではいかないがそれなりにした。
試し履きして何度か軽く足踏み、サイズも履き心地もバッチリ。
母上殿はシンプル過ぎないかと言っていたが、俺がこれが良いと伝えると微笑んで了承してくれた。
多分だが、母上殿は普段かまえていない分少しでも良いものを買ってあげたかっただけなんだと思う。
そんな事をしてもらわなくてもいつも感謝しております。
「それじゃあ靴は後でまた買いにこよっか」
「うん」
靴も無事に決まったことで今度こそブラブラと見て回ることにした。
3階は専門店が多いらしくそれ以外に本屋や楽器店などが入っていた。
楽器屋の入口に展示してあった電子ドラムセットを眺めていたら、店員さんが「叩いてみるかい?」訊いてくる。
どうしようかと母上殿を見ると優しい笑みで頷いたので「お願いします」と店員さんからスティックを受け取った。
初めて座る電子ドラムセット。
何だか無性にカッコいい!
俺を囲むように並ぶ黒い円盤、それぞれが太鼓やシンバルの役目らしいのだが、それがロボットのコックピットに座っているみたいでテンションが上がる。
恐る恐る黒い円盤を叩いてみると「トゥン」と小気味よい電子音が鳴った。
「おぉ」
思わず感動に声が出た。
クスクスと母上殿の笑い声にはしゃいでしまったことの気恥ずかしさが込み上がる。それを紛らわす容易次々と円盤を叩いてみた。
円盤をそれぞれが違った音を出した。足元のペダルを踏むと一番低いドラム音がした。それを何度か繰り返し叩いてみる。
ふむ、何となく分かった。
ペダルを一定のテンポで踏みリズムを刻む。それに合わせて左手と右手はそれぞれ別な円盤を叩く。
円盤は全部で9つ。太鼓が4つにシンバルが4つ、それとバスドラ。それぞれの音の特徴はさっき試しに叩いたことで頭の中に入っている。
イメージする音楽を両手と右足がなぞる。
「え?」
打楽器だが確りとした音階を持っている。
奏でられた音は徐々にそのペースを上げていく。
スティックの扱い方も何となく理解できた。こんなところでも勇者ぱわぁの『超シリーズ』が役に立ってくれる。
まるで円盤の上で踊っているかのようにスティックは次々と跳ね、思いどおりのビートを刻んでいく。シンバルを力強く叩けば音の幅に彩りを与えてくれる。
なんだこれ、めっちゃ楽しい!
今まで音楽など全くと言って良いほど興味がなかったが、自分で奏でる音楽がこんなにも楽しいだなんて。
俺は時折聞こえてくる母上殿の驚きの声にも気づかずボルテージを上がげていく。
いつしか全身でビートを刻み熱心にドラムを叩いていた。
ひとしきり叩いて満足したことで、俺はスティックをそっとドラムセットから離した。
『パチパチパチパチ!』
すると突然周囲からいくつもの拍手が聞こえてきた。
「え?」と振り返ると楽器屋前の通路には何人もの人が俺に向けて拍手をしていた。
見れば母上殿もそこに混ざって一生懸命に拍手をしている。
俺は呆気にとられてぼうっとしていると、直ぐ側で見ていた店員さんが興奮した口調で話しかけてきた。
「君、すごいね。ドラム何歳からやってるの!」
鼻息荒い店員の気勢に気圧されのけぞるった背中に柔らかくて温かな感触が覆う。
「光一、すごいわ!」
それは母上殿の包容だった。
座っている俺を抱き込んだものだから丁度首がお胸様に挟まれるような感じだ。
母上殿はそこそこりっぱなものをお持ちなのでそれはもうとても柔らかい。
だがそれでも全く欲情しないのだから完全に俺は母上殿の子供となったのだなと実感する。
それはともあれ。
なにこれ、恥ずかしいんだけど。
衆人環視の中、母上殿に抱きつかれているとか超恥ずい。
母上殿はテンションが上ってしまったのかそのことに全然気づいていない。
更に鼻息の荒い店員さんも「天才だ」とか叫ぶのはやめて欲しい。
などと思っていた俺だが、その後周囲の人から「アンコール」を頂き、もう1曲記憶に残っていた音楽のドラムを叩いた。母上殿に「聞きたい」と言われては嫌とは言えなかった。
曖昧な記憶ながら確り叩けてしまうあたり、俺の『超シリーズ』の規格外さが身にしみた一幕だった。
叩いている間多くの人がスマホで写真を撮っていた。
ちょっと芸能人になったみたいな優越感に浸っていたのは内緒だ。
「それにしてもいつ太鼓なんて覚えたのかしら?」
母上殿の疑問は聞こえないふりをした。
一悶着があった3階を後にし、俺と母上殿は2階に降りてきた。
楽器屋の店員さんからは「また来てね」と惜しまれ、知らないお姉さん方から「ぼくすごいね」と頭を撫でられ、ちょっとパンクな格好をしたお兄さんには親指を立てられた。
もみくちゃにされてしまったが、母上殿がニッコニコなのでオールオッケイ。
やっとの思いで抜け出しエスカレーターに乗って降りた2階は主にファッションと雑貨のフロアになっているらしく、通路の両側から店員さんのあの独特な「いらっしゃいませぇ」がサラウンドで聞こえてくる。
「ちょっと服も見ていこっか」
「お母さんのも見ていこ」
「あら、やしいのね光一は」
再び母上殿と手をつなぎ、母上殿が気になったお店をじんぐりと廻る。
前世でも思ったのだがどうしてこうも女性の買い物は長いのだろうか。
前世で
だがそこを指摘すれば藪蛇なのは分かっているので、常に俺はにこにこして頷くマシーンに徹していた。
「お母さん似合うよ」
そして今も俺は頷きマシーンとなっている。
「ちょっとだけ見よっかな」とカジュアルブランドのお店に入った母上殿は、洋服を見ているうちに興が乗ってきたのか次あれ次こっちとお店を渡り歩く。
俺はそれに着いていき合わせる毎に訊いてくる「どうかな?」のシンプルながら難解な質問に全肯定を持って答えている。
「光一、何か食べたいものはある?」
合間に俺の服も見ながらウインドウショッピングを楽しんでいるとあっという間にお昼になった。
母上殿が食べたいものがないか訊いてきたので、俺はショッピングモールに入って直ぐ手に取ったフロアマップを広げた。
フロアマップを見ると1階に飲食店が並んでいる。
カフェや中華や洋食などその種類も多い。
ただ昼を少し過ぎたくらいのこの時間帯はおそらくそこはかなりの人が並んでいるだろう。それにこういった商業施設に入っているのはどこも単価が高くなる。
ならばと2階フロアのマップを見ると、2階にはフードコートがあった。
フードコートにはファストフード系のお店が入っていた。
ガッツリ食べたい派には物足りないだろうが、俺と母上殿であればこっちでも十分だ。
「ここに行ってみよ!」
俺はなるべく興味がある風を装って言う。
母上殿としてはたまのお出かけだからもっと良いものを食べさせたいと考えていると思う。でもまだうちにそこまでの余裕はない事を知っている。しかしそれを言ってしまっては母上殿が申し訳なく思ってしまうので出来ない。
ならばここはポジティブな誘導が必要だ。
「僕ハンバーガーが食べたい!」
子供ならではのお願いの仕方でフードコートへといざなう作戦だ。
「そう? ほらこっちには豚カツとか海鮮丼とかもあるよ」
「う〜ん、それも美味しそうだけど、今ここでハンバーガーを食べると『ポケじゅう』のカードが貰えるんだよ。だからこっち」
そう、それはおもちゃが欲しいおねだりだ。
まあ実際はおもちゃじゃなくてコラボ景品のカードなんだけど。
この『ポケじゅう』は『ポケットかいじゅう』っていうアニメで、それのバトルカードが今小学校で大変人気となっている。俺も何枚か母上殿に買ってもらって持っている。ハマったわけじゃないが所謂子供の嗜みってやつだ。
「そう? じゃあそうしよっか。フードコートだったら色々と選べるしね」
「うん!」
よし上手くいった!
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