第12話 挽回の機会

『エキドナに「洗礼スジャータ」を与えました。リシュアは「菩薩ぼさつ」に達しているため、対象者の呪いを解放できます。』


その文字が、俺の視界に突然浮かび上がった瞬間、思わず目を瞬かせた。


「エキドナ? スジャータ? なんだ、これは!?」


理解できない言葉が、次々と頭の中に入り込んでくる。目の前に現れた文字は、まるで謎めいた呪文のようで、俺の思考を乱していく。


「一体、何が起きているんだ?」


視界に浮かんだ文字は、ますます混乱を深める。それが何を意味するのか、どうしてこんなことが起きているのか、全く分からない。

ただ、ただ、俺は目をこすりながら、その文字を凝視するしかなかった。

だが、次の瞬間、さらに新たなメッセージが現れた。


『対象者を解脱げだつさせますか?』


「解脱? 今、母ドラに!?」


驚きと混乱が一気に押し寄せてくる。


解脱げだつ」――それは俺が覚えている限り、危機的な状況に対して発動するスキルだった。


通常、耐性を強化したり、危険を回避するために使うものだ。しかし、今回はそれが母ドラに関係しているらしい。

その瞬間、心の中で何かが引っかかった。


もしかして、母ドラに命の危機が迫っているのだろうか……?


その疑問が頭の中を渦巻いていると、また新たなメッセージが浮かび上がる。


『「菩薩ぼさつ」に昇華しているため、釈迦スキル「天眼通てんげんつう」を獲得しました。これにより、対象者の状態を明らかにできます。確認しますか?』


また、何か新たなスキルだと!?


それよりも今、母ドラに何が起きているのか知りたい。

釈迦のスキルがどうであれ、俺の一番の優先事項は、母ドラの状況を把握することだ。

それが分からなければ、次に何をすべきかさえ分からない。


「母ドラのこと……全て見せてくれ!」


すぐさまその言葉を念じると、洞窟の世界が光で覆い被さるように再びメッセージが現れた。


『スキル「天眼通てんげんつう」を発動しました。ドラゴンの状態を明らかにします。』


一瞬、目の前が暗転し、次の瞬間には画面に母ドラの情報が表示された。それはまるでゲームのステータスのように、彼女のあらゆるデータを鮮明に映し出している。

その情報には、詳細な記載がされていた。


『名前: 赤きドラゴン

出生: 不明

性別: 女性

年齢: 不明

状態: 「化身の呪い」

寿命: 1ヶ月』


その文字を目にした瞬間、胸の奥がグッと締め付けられる感覚が走った。


「寿命が、い……1ヶ月!?」


まさか、母ドラの寿命がそんなにも短いなんて、その事実を目の前に突きつけられた時、俺は言葉を失った。

俺の頭の中が完全に停止し、心臓が一瞬、止まったような気がした。

母ドラは、俺にとってかけがえのない親だ。そんな彼女が、たった1ヶ月で命を落としてしまうなんて、考えられない。


どうすれば彼女を助けられるんだ?


焦りと絶望が一気に湧き上がり、俺の心を支配した。冷や汗が背中を伝い、手のひらにじんわりと湿り気を感じる。

その時、視界が再び文字で埋め尽くされた。


『「化身の呪い」を呪解じゅかいすることで、対象者の寿命を延ばすことができます。』


「呪い?」


母ドラも、パシパエと同じように呪いにかかっているのだと思い、その言葉が、さらに俺を震え上がらせた。

呪いにかかっている――それがどんな意味を持つのか、今はまだ完全に理解できていない。

しかし、確実にそれは母ドラにとって重大な問題だ。


その後、視界に新たなメッセージが現れる。


『対象者に「解脱げだつ」を使用しますか?』


もう、迷う余地はなかった。母ドラを助けるためには、今すぐにでも行動を起こさなければならない。


やるさ! 彼女を救うためなら何だってする!!


白い光が、俺の視界を覆い尽くしていく。その光はただ眩しいだけでなく、俺の目を射抜くような鋭さを持ちながらも、どこか柔らかく包み込むような不思議な質感があった。

次第に視界の端から色彩が消え、真っ白な世界に塗りつぶされていく。周囲の輪郭も、俺自身の存在も、ゆっくりとその中に溶け込むように消えていく感覚が広がる。

次の瞬間、重力がふっと失われたかのように、身体が宙に浮かび上がるような錯覚に襲われた。

空間も時間も、何か確かなものがすべて霧散していくようで、俺はこの現実が崩れていく感覚に囚われる。


身体の感覚は次第に薄れていき、まるで自分が存在していないかのような不安と開放感が交互に押し寄せてくる。

やがて、頭の中に圧倒的な熱がこもるような感覚が生まれた。血が逆流しているのか、それとも別の何かが俺を蝕んでいるのか、それさえも判然としない。

ただ、脳が悲鳴を上げるような鈍い痛みと、意識がどんどん遠のいていく感覚が同時に襲ってきた。視界も感覚も曖昧になり、最後には自分が光の中に溶け込んでいくような感覚だけが残った。

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