第19話 渡洋爆撃の教訓


八月一五日、中国大陸上空。



「まもなく南京だ。全機、警戒を厳とせよ!」


鹿屋空軍航空隊の九七式重爆撃機一六機が次第に密集し、編隊を形成していく。


戦闘機の護衛なしでも任務を遂行可能な高速爆撃機、九七式重爆撃機の設計コンセプトを簡単に説明するならそれであろう。430㎞/hという最高速度は現在空軍最新鋭の九六式戦闘機よりも高速で、九七式戦闘機に迫る速度である。


航空殲滅戦、旧陸軍航空隊の戦術思想は快速軽快の爆撃機をもって敵飛行場を迎撃体制が整う前に襲撃し、敵航空戦力を地上で撃破するというものだ。九七式重爆はそれに沿った形で設計され速度に重点を置き、搭載量、航続距離は犠牲にしている。


「敵機右前方!」


三〇〇〇メートルという比較的低空域を飛行しているが故に敵の哨戒戦に引っかかったのであろう。前下方から十数の黒点が上昇してくる。


複葉機、かなり高速だ。カーチスホークⅢあたりだろう、編隊長はそう判断した。九六式戦闘機や九七式戦闘機の敵では無いが、爆撃機にとっては厄介な敵だ。


だが、この九七式重爆は7.7ミリ旋回機銃を四丁揃え対空戦闘もある程度可能だ。三〇年代の旧式機に負けるということはないだろう。


その見通しが甘かったことを悟るのは、そう遠くはなかった。


下方から迫った敵機は一撃を編隊に浴びせると、そのまま上昇していく。対する重爆も旋回機銃が応射するが、その火箭はまるで荒い網のように敵機をかすることもなく虚空に散る。


「嘘だろ...」

「六番機炎上! 失速しています!」


鉄壁だと思っていたものが、いとも簡単に破られた。失速した九七式重爆は、低空に落ち敵機に蜂の巣にされ墜落した。


如何に最新鋭機といえども最高速度で飛んでいては燃料が持たない、だが、多少ぐらい無理はできるだろう。編隊長は速度を上げるよう指示した。


敵機の攻撃で更に二機が落伍、撃墜されたものの、敵機は徐々について行けなくなり、やがて後方の方に小さな点としてしか見えなくなった。

しかし、三機、二一名を失ったのだ、損害は決して小さくはなかった。


「まだ爆撃をする前だというのに...」


南京までは後半刻以上かかる、更にこの先も攻撃を受けるとなると、果たして無事で帰れるのだろうか。編隊長はそう行く末を案じた。





※ ※ ※





八月一六日、帝国海軍最大の航空母艦「加賀」は上海沖にあった。新時代の主力とされる空母だが、今現在稼働状態なのは「加賀」「鳳翔」「龍驤」の三隻のみであり、「赤城」は全通甲板に改装中、「飛龍」「蒼龍」は建造中であった。


加賀は搭載機数が多いため、一隻のみで第二航空戦隊を構成し、第一航空戦隊の「鳳翔」「龍驤」と交代で任務に当たるというものだった。


「所属不明機三時の方向、味方編隊です」


これより二時間、「加賀」は浙江せっこう省の敵飛行場に八九式艦攻、九六式艦攻、九四式艦爆から成る攻撃隊を飛ばしていた。空軍の渡洋爆撃と同じく、陸軍の主力部隊の編成と移動には時間がかかるため、本格攻勢の前に制空権の確保と敵戦力の漸減を行うことが目的であった。


接近する味方機はバラバラで、まともに編隊も組めていない。出撃時よりもいくらか減っているように見える。


着艦した機体を見て、その現状は明らかになる。翼や胴に弾痕や破孔が無数にあり、機体によっては後部座席の偵察員が死傷している場合もあった。

出撃時は四五機だった攻撃隊は二〇機台にまで減っていたのだ。


理由は単純明快、護衛に戦闘機をつけていなかったからである。

ここに陸海空を問わず存在した戦闘機無用論は音を立てて崩れ去った。



※ ※ ※



「新型戦闘機の開発ですか?」


西澤軍需局長は梅津空軍司令長官に問い返す。梅津長官は頷いた。


「新聞でもラジオでも華々しく報道されている渡洋爆撃だが、実のところその九六式陸や九七式陸爆の損害は無視できないレベルになっている。今までは護衛用の戦闘機なんてなくても高速な爆撃機があれば大丈夫という風潮だったのだが、このことで空軍の風向きも大きく変わった。海軍航空隊の方も同様で、早急に長距離戦闘機を開発する必要があるとのことだ」


軍需局は今現在、中国方面への大規模上陸作戦と攻勢作戦のための軍需物資の調達、兵器の増産を進めているが、近衛首相が議会で戦争予算を通したことで今までになく新兵器の開発も進んでいる。


「軍需局の方は特に問題はありません、具体的な要求は航空技術本部にお願いします」


ところで、と話を区切る。


「梅津長官はこの戦争についてどうお考えですか?」


梅津大将が空軍長官に抜擢されたのは、天皇陛下に信頼されていることも挙げられるが、ある程度広い視野を持ち、陸海をとりなすことができるのが評価されたことが大きい。二つの軍の混合物である空軍を、一つの組織に纏め上げることができたのは彼の手腕故だ。


その梅津長官なら何かできるのではないか。西澤はそう期待していた。


「正直言って私もこの戦争には反対だ。石原に肩入れするつもりは無いが、確かに今の帝国軍は改変の只中であり、空軍は特にそうだ。いくら戦力差、国力差があるとはいえ全力を発揮できない軍隊で戦うのは厳しいだろう。それに、戦争というものは最終手段だ、本当ならば中国との問題は外交段階で解決すべきものだ」


梅津長官は一旦黙ると、西澤に向けて言った。


「貴官がこの戦争を止めるために何かするつもりなら、力を貸そう」

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