第32話 同胞
レオハルトは寮へと戻った後、すでに目を覚ましていたアミナを呼んで食事を取っていた。そして、その席で先程イエガーと話していた内容を順を追って話していく。
「君の今後についてだが……ひとまず今後は僕が君の保護者になることなった」
「レオが保護者……?」
「ああ。例え作られた存在とはいえ、君は『魔術師』だ。……君の正体が王都に知られることがあれば間違いなく騒動になるだろう」
「……うん、それだけのことをしたから当然だと思う」
アミナはそうしてレオハルトの言葉に顔を俯かせる。まだ幼い彼女にそんな陰のある顔をさせることにレオハルトが罪悪感を抱えていると、ふとアミナが顔をゆっくり上げた。
そして、その顔に不安そうな色を浮かべながら小さな声でレオハルトに疑問を投げ掛けてくる。
「……ねぇ、一つ聞いて良い?」
「なんだ?」
「どうして私を助けてくれるの? 私を信じてくれたのは嬉しいけど……ここをこんな風にしたのは私達なのに……」
昨晩、自分の居場所を見付けられず泣いていたアミナにレオハルトは「ここに居れば良い」と言った。
それは、彼女が自分の国に戻れば危険だと聞かされたからでもあるし、ただ単純に同情した、というのもある。しかし、一番の要因は別の所にあるとレオハルトは自分自身で気付いていた。
レオハルトはアミナの質問に食事の手を止めると、食べていた料理に目を落としながら呟くように言った。
「……似ていたから、だろうな」
「似ていた……?」
予想していなかった答えにアミナは首を傾げる様子を見せる。子供じみたその姿に少し穏やかな気持ちになりつつも、レオハルトは言葉を続けていく。
「ああ。あまり歓迎できる話じゃないかもしれないが……君は周りから〝出来損ない〟と言われていたと話していたが……実は僕も昔―いや、つい最近まで同じようなことを言われていたんだ。……〝落ちこぼれ〟ってね」
「レオが……?」
驚きの表情を浮かべていたアミナだったが、やがて悲しそうにその表情を歪ませた。
「でも、レオは私と違って魔術だけじゃなくて征錬術も使えるよ? ……それなのに〝落ちこぼれ〟なんて―」
「それは違うよ」
困惑するアミナの言葉を遮ったレオハルトは席に着いたまま窓の外へと視線を向ける。そして、窓の外に広がる星空を眺めながら抑揚のない声で話を続けていく。
「今でこそ、どちらも自由に使えているが……少し前まで征錬術を使うのは無理だったんだ」
「……何か理由があったの?」
どこか消え入りそうなレオハルトの様子にアミナは心配そうな表情で声をかける。そんな彼女に寂しげに笑みを返すと、再び窓の向こうへと視線を向けたままレオハルトは懺悔するように話し始めた。
「……ミーネットのことを覚えてるかい?」
「うん……色々と分からないことを教えてくれたから」
「そのミーネットだが……僕は昔、征錬術を失敗して彼女を傷付けてしまったんだ。……そして、今もミーネはその傷が体に残ったままでね」
「傷……」
「ああ。肩から背中の方にかけて……とても大きな傷さ」
それを想像したのか、アミナは自分の方へと手を充てていた。レオハルトはそんな彼女の様子を見ると、目をつむって椅子に深く腰掛ける。
「……それ以来、征錬術を使おうとするとその時のことが思い起こされて使うことができなかったが……皮肉にも傷付けたミーネを守る為に克服することになったのさ」「……」
アミナはどうにか励ましの言葉を掛けようと口を何度か動かしていたようだったが、レオハルトの様子に上手く言葉を向けることができず結局その口を閉ざしてしまっていた。
そんなアミナの優しさに触れ、自らの罪を再認識しながらレオハルトは場を和まそうとその顔にいつものように余裕のある笑みを浮かべた。
「……すまない、そんな僕を君と一緒にするのは失礼だったな。……訂正させてくれ」
しかし、そんなレオハルトの言葉をアミナは首を横へと振って否定した。そして、一瞬俯いて考えをまとめた彼女はレオハルトを正面から見据えると、はっきりとした声を向けてくる。
「ううん……レオは悪い人じゃない。ミーネもそれが分かってるからレオと一緒に居るんじゃないかな?」
「それはただ彼女の好意に甘えていた結果でしかないよ。……僕は悪い人間さ。君と違って騙されていたわけでもなく、ただミーネを傷付けて征錬術を使えなくなっていただけだ。……それでも君を見捨てることはできなかった。仲間意識、と言うと君には失礼かもしれないが……誰の助けもないというのがどれだけ悲しいことなのか、それを知っていたからね」
レオハルトは必死に自分を励まそうとする彼女に微笑みながら食事を再開する。アミナはそんなレオハルトを見て少しの間寂しげな顔を浮かべていたものの、ゆっくりと小さく微笑むと感謝の言葉を述べてきた。
「……でも、私はそのおかげで助かってる。やっぱりレオは悪い人だとは思えないよ」
「……そう言ってくれると肩の荷が下りるよ。……ありがとう」
どれだけ説得されたとしても、その罪悪感を忘れてはいけない。例えミーネット本人に許されたとしても、罪の意識から逃れるつもりはレオハルトには毛頭なかった。
しかし、例えそうだとしても一人でも自分の周りに理解者が増えてくれるのは喜ばしいことだ。だからこそ、レオハルトはそんな理解者の一人であるアミナの今後の処遇について改めて真剣に伝えていく。
「……それで、君の今後についてだが……僕が保護者になるというのは話したな? とはいえ、この寮は一人用だし、二人で住むには問題がある。だから知り合いに相談して新しく住む場所を用意してもらっているところだ」
「新しく住む場所……私一人で家に住むってことだよね?」
「そうなるな。住む家を提供してくる相手だが、前に君と出会った店に居た店主のイエガーという男だ。信頼できる相手だし、君の正体が知られることもないだろう」
レオハルトの言葉にアミナは不安そうな表情を浮かべる。そんな彼女の不安を少しでも和らげるべく、レオハルトは小さく微笑みながら向かいの席に座るアミナへと声をかけた。
「……大丈夫さ。何かあればすぐに駆けつけるし、僕がこの寮に居る時はいつでも来てくれていい。ただ、夜までここに居ると寮の規則に引っ掛かる。……今は王都も色々な騒ぎで小さいことまで注意が向いていないとはいえ、このまま寮に居ていきなり君がつまみ出されてるようになれば、それこそ安全だとは言えないだろう?」
「そう……だよね」
「安心してくれ、さっきも言った通り可能な限り君とは一緒に居るつもりだから。……それともう一つ、君は記憶障害を起こしているということにしている」
「記憶障害……?」
「ああ」
レオハルトは再び椅子に深く腰掛けながらアミナを正面から見据える。そして、彼女を記憶障害として扱う理由を簡潔に説明していく。
「君は征錬術についての知識が薄い。それこそ、ほとんど何も知らない状態だろう? とはいえ、王都内でそれは不審に思われる可能性が高い……だから、君には悪いが名前以外覚えていないということにさせてもらったんだ」
「私は良いけど……それで大丈夫なの?」
「少なくとも王都には君の出生に関わる資料はないだろうし、当面は大丈夫だろう。……しかし、それも時間の問題だ。王都に資料がないということは、逆に言えば君が出生不明で怪しまれる可能性も高い。……いずれにしても、君が平和に暮らせるように手を打つつもりだが、すぐには無理そうだ。……悪いな」
他にもやりようはあったのかもしれないが、レオハルトが実行できる最大の手はここまでが限界だった。
アミナを助ける為に少しでも危険性を減らそうと常に頭を回してはいるものの、学生であるレオハルトにできることはそう多くはない。自分の至らなさを痛感したレオハルトがアミナに謝罪を向けると、アミナは首をゆっくりと横に振る。
そして、目を細め、涙を溜めながら感謝の言葉を返してきた。
「……ううん、そんなことないよ。……レオが居なかったら、向こうに戻って多分……処刑されたはずだから。お礼を言うのはこっちだよ……ありがとう」
そんな彼女の様子を見て胸を撫で下ろすレオハルト。しかし、そんな彼の耳にふと扉を叩く音が響いた。
「……こんな時間に誰だ?」
突然の訪問者にレオハルトはその表情を険しくする。今、王都は『魔術師』達の襲撃で荒れており、夜には『魔術師』達への宣戦布告を煽る人間達が歩き回っていた。
そして、今まさに『魔術師』であるアミナを匿っているレオハルトはそんな彼らの標的にされかねないのだ。
レオハルトがアミナへと視線を向けると、彼女も真剣な表情で見返してくる。警戒したままレオハルトが扉に近付くと、扉の向こうから男の声が聞こえた。
「―ヴァーリオン、私だ。……〝王都防衛軍第十三部隊〟トニス・ルートリマンだ」
その声は以前、『魔術師』の襲撃の際に協力を求めたことのあった『王都防衛軍』の青年―〝王都防衛軍第十三部隊〟の隊長のものだった。
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