第31話 戦いの傷跡

 街角に佇む古ぼけた店、『骨董品屋カーマイン』。レオハルトはなんの為に作られたのかも分からない商品が並ぶその店の中に入ると、店の中に他に客が居ないことを確認し、店の奥へと声を投げ掛けた。


「イエガー、少し良いか? 話があるんだが……」


 すると、店の奥から大きな音が響きそれと同時に店の主の男らしき声も聞こえてくる。レオハルトは呆れたようにため息を吐くと、ゆっくりと店の奥へと足を踏み入れた。


 そして、そこで地面に頭をぶつけたままレオハルトの方を見上げるイエガーに再びため息を吐く。


「……開店中に店主が居眠りしていても儲かるものなんだな」

「……店はいつも火の車だ。どうせ大して人も来ない店だし、寝てようが起きてようが売上は変わらないから良いんだっての」

「将来、借金を抱えながら生きていく気か、お前は……」


 そんなレオハルトの言葉を流しながらイエガーは商品を集めて作ったであろう寝床からずり落ちていた体を起こすと近くにあった煙草を咥えて火を付ける。


 そして、頭を掻きながらレオハルトの横を素通りすると店にある自分の席に大きな音を立てて腰掛けた。


 昔からの知人であるイエガーのそんな仕草に呆れつつ、レオハルトはそんな彼に続くように店内へと戻っていく。すると、イエガーはまるでふてくされた子供のように頭の後ろで腕を組みながら椅子に腰掛けていた。


「まったく……説教ならお前の親父さんだけで十分だっての」

「まあ、父さんが今のお前を見たら間違いなく説教をするだろうな」

「……勘弁してくれ、嫌でも想像できちまうから」


 レオハルトの言葉にイエガーは肩を落として嫌がる素振りを見せていたが、彼も本気で嫌がっているわけではない。


 当時孤児だったイエガーはレオハルトの父親が設立した『国立ラヴェルム征錬術教会』に入り、そこでレオハルトの父から世話になっていたことから彼を尊敬していたのだ。


 そんな彼がふと思い返すように呟いてくる。


「……『魔術師』の連中が攻めてきた時、あの人が居れば……とは少し考えたけどな」

「……まあな」


 視線は店内へと向けるイエガーだが、その目で見ているものは違う。そこに当時自分の師であったラヴェルム・ヴァーリオンの姿を見ていたイエガーは煙草を口に運ぶと大きく息を吐いた。


「……近所の人が死んだ。よく喋る爺さんでな……買いもしない癖に店主の俺を捕まえて、よく世間話を吹っかけてきてたんだよ……迷惑なもんだ」

「……ああ」

「その癖、なんか美味いもんを奥さんが作ったとかなんとか言って、よく差し入れとか渡してきたんだけど……またその度に長ぇ世間話に付き合わされてたんだよな」

「……長い付き合いだったんだな」


 レオハルトはぶっきらぼうにただそう答えるが、彼はイエガーの話を聞き流しているわけではない。隣に座る店主が店内を見ながら笑っている姿に、不用意に声を掛けるのを躊躇ったからだ。


 イエガーのその笑みは心の底から笑って出たものではなく、ただ悲しみに暮れて己の無力さを痛感して生まれた自嘲の笑みだったのだ。


「……あ〜あ、これでもう無駄に長い爺さんの話が聞かずに済むのか……これなら遠慮なく昼寝が出来るってもんだよ……ちくしょうが」

「イエガー……」


 そうして顔を俯かせるイエガーの肩に手を置くレオハルト。幸いレオハルトの知人に犠牲者は居なかったが、ミーネットやイエガーは違った。


 戦いによって尊い命は奪われ、生きてきた者達の日常さえも奪っていく……それが『戦争』だ。


 その残酷さを目にしたレオハルトは必要以上に声を掛けることはせず、ただイエガーが落ち着くのを待つことにした。


 彼にも自尊心がある。イエガーをよく知るからこそ、レオハルトは無駄に慰めることはせず、彼が自分で立ち直るのを待っていた。それこそがイエガーがもっとも望むことであるのを知っていからだ。


 やがて、落ち着きを取り戻したのか、イエガーは体を大きく伸ばすといつものように気怠い様子で椅子に深く腰掛ける。


 まだどこか無理をしている様子はあったが、それでも日常に戻ろうとする彼の意思を尊重するべくレオハルトも普段通りの態度で応じることにした。


「……悪いな、柄にもなく少し感傷に浸っちまったよ」

「気にするな、僕は何も見ていないからな」

「……ったく、生意気に育っちまいやがってよ。……それで? 俺に何か用でもあったんじゃないのか?」


 そう言って仕切り直そうとわざとらしく咳をするイエガーに、レオハルトはアミナのことについて話していく。


「前にここに来た子供が居ただろ?しばらくミーネと話していた子供だ」

「あぁ、あの……で? その子供がどうしたんだ?」

「……実は例の戦いの最中に親とはぐれたそうなんだ。しかも、その時の後遺症で記憶障害を起こしていて自分の名前以外に覚えていないらしくてな。……だから、当面は僕が世話を焼こうと考えている」

「……それはまあ……なんというか……」


 衝撃的な話を受け、イエガーは言葉を選んでいる様子だった。

 本来、アミナは『魔術師』であり当然王都内に身内など居ない。だが、どちらにしても彼女は『人造人間』という境遇上父親も母親も居ないのだ。


 いくらアミナの為とはいえ、親しい人間に嘘をつくことに後ろめたさを感じつつも嘘と真実を織り交ぜながら彼女の安全を守る為にレオハルトは思考を巡らせていく。


「そこで、彼女を孤児として僕が預かることができないかと思ってお前に相談しにきたんだ」

「なるほどな……。まあ、お前の年齢で子供を預かるのは本来なら厳しいだろうが……今は王都も混乱してるし、俺が話を通せば許可は下りるだろうよ」


 イエガーの言葉にレオハルトは内心安堵していた。ひとまず懸念点は一つ減ったものの、問題はそれだけではない。


 いくら彼女を保護するといってもレオハルトは寮住まいであり、その状況でアミナと暮らし続けるのはどう考えても現実的ではなかった。


 イエガーも同じように考えていたらしく、難しい顔でレオハルトに質問を投げ掛けてくる。


「お前も分かってるだろうが、いくら孤児を引き受けられる許可を貰えたとしても、寮で二人住むのはまず無理だ。お前はともかく、その子供の住む場所は別で用意する必要があるんじゃないか?」

「それもあってお前に相談したんだ。なんとかアミナの為に家を手配することは出来ないか? 住む場所さえ確保できれば、後は僕が彼女の面倒を見る」


「まあ、それはそこまで難しくはないと思うが……今は親を失った子供達の為に施設を増やしたり住む場所を貸し出してるからな。俺の知り合いにもそういう婆さんが居るから話は通しておいてやるよ」

「ああ、助かる。……悪いな、何から何まで頼むことになって」


 レオハルトがそう言うと、イエガーは大きく笑い始める。そんな彼の仕草に不快感を覚え、レオハルトはふてくされるように呟いた。


「……なんだ?」

「いや、お前が素直に感謝するなんて珍しいと思ってな……ついつい笑っちまった」

「失礼だな……僕は礼を言えないほど愚かな人間じゃないつもりだが?」

「まあ、本人がそう言うなら、そういうことにしといてやるよ」


 からかうようにそう言ってくるイエガーにレオハルトは深い溜息を吐く。だが、それ以上に言わないのは彼が無理をして笑っているのが分かっていたからだ。


 長年の付き合いだからこそ、彼が本当に笑っていないのは分かっていた。しかし、知人を亡くした彼は暗くなった自分を見せまいと強がっているのだ。


 そんな彼の意志を尊重するべくレオハルトはイエガーに背を向ける。


「それじゃあ、後は頼む。僕はそろそろ帰ってこのことをアミナに知らせておくよ」

「おう、任せておきな……悪いな、なんか……」

「何言ってるんだ、謝るのは僕の方だろ? ……まあ、誰でも一人になりたい時っていうのはあるものさ」

「ったくよ……」


 そうしてレオハルトは店を離れてしばらく歩き、外から店内へと視線を向ける。そこにはただ天井を見上げて涙するイエガーの姿があった。


 ―……相変わらず人に弱みを見せない奴だ。……今は心の整理もついていないだろうし、そっとしておこう。


 少し年上の友人の姿を偲びながらレオハルトは家へと向かっていった。

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