第23話 仮初めの英雄②
近くに居る者と話し合っている者も少なくなく、ルーレックはその様子を見ながら小さく鼻を鳴らすと、おもむろに大きな咳をした。
それだけの事で周囲のざわめきが止まり、ルーレックは再び大きな声で話を進める。
「……続きを話そう。恐らく、諸君らも見当が付いているかもしれないが、相手は先日、我が王都を襲った謎の集団……現段階の情報で、伝承の中で存在したとされる―『魔術師』ではないかと判断された連中だ。先の戦いでは、情けないことに侵入を許したばかりか、ほとんどの者が対処出来ず、その強力な攻撃を前にただ、膝をつき眺めていることしかできなかった」
その言葉にトニスは耳が痛くなる。『魔術師』の撃退には確かに成功したが、それは〝あの少年〟が居たからだ。
民間人を守るべき立場であった筈のトニス自身は、何もすることができず、結果として、迫り来る『魔術師』達の攻撃に対してただ指を咥えて見ていただけだ。
しかし、それはトニスに限った話ではない。それぞれ肩を落とす隊長達の様子に構わず、ルーレックは話を続ける。
「しかし、前回の襲撃の撃退には結果として成功した。それは我々、『王都防衛軍』が居たからでは無く、〝とある少年〟の功績によるものだと聞いている」
その言葉にトニスは驚いた。いくら本当に〝あの少年〟に助けられたとはいえ、事実をそのまま話したルーレックに、だ。
彼は冷徹であると同時に、プライドが高いことでも有名だ。そんな彼が『王都防衛軍』の面子を潰すような発言をするだろうか?
だからこそ、トニスは嫌な予感をおぼえずにはいられなかった。そして、そんなトニスの予感はすぐに当たってしまう。
「……今回も、〝その少年〟に協力してもらおうかと思う」
「お待ちください!」
トニスは席を立ち上がると、ルーレックへと抗議をするようにその視線を向けた。全員の視線がトニスに注がれる中、対するルーレックは、まるで虫を見るような視線をトニスへと向けた。
「……トニス・ルートリマン。まだ、私の話は終わっていないのだが……質問なら、後で受け付けよう」
「いえ、ここで言わせて下さい。今お話していた〝少年〟とは、先日我々を助けた〝レオハルト・ヴァーリオン〟のことですか?」
「報告書に記載されていたのはそんな名前だったな。そうだとして、それが何か?」
つまらなそうに、あるいは全く何も感じていないのか、トニスの言葉にルーレックは冷たく、そして淡々とそう告げる。まるで人を小馬鹿にするような態度を受けながらも、トニスは己の熱意を失わないようにしっかりとした声で向き合う。
「彼はまだ学生です! それに、軍に志願したわけでもありません。……軍人として、これ以上民間人である彼に協力を仰ぐのは慎むべきだと思います」
トニスの言葉にルーレックはやはり眉一つ動かさず……それどころか、体すらもトニスへと向けることもせずにルーレックはその瞳だけをトニスへと向けて静かに言い放った。
「……トニス・ルートリマン。君は確か、我が国が誇る『国立ラヴェルム征錬術教会』を首席で出たそうだな? ならば、この状況がどういう事態か……分からぬ頭ではないだろう?」
「くっ……。しかし―」
「君がどこまで状況を把握しているかは知らんが……もはや、これは『戦争』だ。相手がなんであれ、対処できなければこの王都は陥落する」
「だからと言って、民間人である彼をこれ以上巻き込むことは出来ません!」
熱弁を振るうトニスに、ルーレックは冷ややかな目を向ける。『王都防衛軍』を誇りに思っているトニスの言葉に、やはりルーレックの答えは変わらなかった。
「トニス隊長。……君は噂通り、綺麗事ばかり並べる男だな。だが、これはすでに決定事項だ。件の少年や君自身の意思がどうであれ、軍の決めたことだ。従ってもらおう」
「そんな……」
そう呟きを洩らすトニスに追い打ちを掛けるように、ルーレックは更に言葉を重ねた。
「君はその少年と面識があったな。ならば、彼の説得は君に任せよう」
その言葉には「逆らうな」という強い意志が感じられた。時に味方すら恐怖に陥れるという〝氷の軍神〟の恐怖をトニスは垣間見た気がした。
「……了解、しました」
そう言うのがやっとだったのか、トニスは深く俯きながら席に座り直した。
ルーレックはそんなトニスを一瞥した後、再び正面に向き直ると何事もなかったかのように話を再開する。
「今回の作戦では、『征錬術兵器』の使用を前提とした部隊で敵を迎え撃ち一掃するつもりだ。その為、部隊は陽動と『征錬術兵器』の設置をほとんど同時に行わなければならない。兵は出し惜しみせず、しかし、敵に悟られないような編成を求められる」
そして、ルーレックは再び全員の顔を見渡すと、ある一人の名前を口にした。
「トニス・ルートリマン―君をこの作戦の総指揮官とする」
「……え?」
周囲に動揺が起こった。トニスは年齢も一番低く、また実戦経験も少ない為、指揮官など任されると思っていなかったのだ。
さらに、今まさにその若さを発揮してルーレック相手に意見の食い違いで衝突していたばかりだ。にも関わらず、突然作戦の総指揮官に任命されたことに疑問を抱いたのは本人だけではない。
隣に座っていたケニカも疑問に抱いたようで自らの椅子に体重を掛けながらルーレックへと尋ねた。
「何故……彼なのです?」
ケニカ同様に周囲から不満の声が上がる中、彼の問いに対してルーレックは周囲のざわめきを全く気に掛けていない様子で答えを返した。
「簡単な話だ。彼は我々と違い例の少年と面識がある。それならば、彼との段取りも問題なく進むだろう。『魔術師』という未知の存在を相手にする以上、打てる手は打たなければならない。その上で、この作戦を効率よく進ませる為にはトニス・ルートリマンが適任だと判断しただけだ」
「……なるほど」
ケニカはそれで自分を納得させたのか、特にそれ以上は言わなかった。
他の隊長達も各々不信感は拭え切れないものの、年長者であるケニカの態度を確認したこともあり概ね納得したのか、不満の声は徐々に小さくなっていった。しかし、その中で当の本人であるトニスだけが状況に納得することが出来なかった。
「ルーレック殿……一つお聞かせ頂きたい。あなたはヴァーリオンを―本来、我々が守るべき立場にある〝民間人〟を危険に晒すことに何も感じないのですか?」
まるで、『王都防衛軍』たる自分達の存在意義を問うように告げるトニス。だが、真っ直ぐに見詰めてくるトニスの視線をものともせず、ルーレックは冷たく言い放った。
「トニス隊長。君は何かを勘違いしているようだ」
「……勘違い?」
「そうだ」
ルーレックの思考が読めず、思考を巡らせるトニス。しかし、トニスが答えに行き着くよりも早くその疑問に答えるようにルーレックは淡々とそれを口にした。
「我々が守るべき〝民間人〟とはなんだ? この王都に居る『征錬術師』だろう?」
「それは……そうです。ここに住む者たちは、大小の差はあれど、その才能や可能性を持ち合わせた者達です。そういう括りで言えば、守るべき対象を『征錬術師』という言葉で絞るのは間違いではありませんが―」
ルーレックの意図が分からず、困惑するトニスを他所に隣に座っていたケニカは何かを納得したのか、大きな溜め息を吐いていた。
その雰囲気を感じ取ったトニスがケニカにその答えを求めようとした時だった。トニスが求めていた答えをルーレックは、感情が読み取れない声で冷たく言い放ったのだ。
「ならば、彼のような『紛い物』は守るべき対象にはならない。……違うか?」
「なっ……!?」
ルーレックの発言にトニスは強烈な力で机の上に自らの手を叩き付けた。そして、今にも掴みかかりそうな勢いで広間の奥にいるルーレックを睨み付ける。
「あなたはそれでも軍人ですか! 我々が守るのは〝この国に住む人々全て〟です! その中に、彼だけが含まれない理由が分かりません!」
そうして熱くなるトニスに、ルーレックはやはり冷たい表情を浮かべながらため息を吐くと、そんな彼に言い聞かせるように声を掛けた。
「……分らない? 本当にそうか? 件(くだん)の少年は、君達の目の前で『魔術』を使ったのだろう? 情報が事実なら、今まさに我々の国に攻めてきている連中と同じ『魔術師』というわけだ。そんな人間が居なくなったところで、同情する人間も居ないだろう」
「そんな……現に我々は彼のおかげで助かったんです! それなのに―」
なおも食い下がるトニスに、ルーレックはその冷静な声で咎めるように告げてきた。
「ならば聞こう。万が一、彼が敵軍に寝返るようなことがあれば、君はどうする?」
ルーレックから向けられた言葉に、トニスは言葉を失ってしまう。頭の片隅にあった最悪の事態を言い当てられ、咄嗟に返すことが出来なかったのだ。
「その時、『魔術』を使うことが出来ない我々は一体、どう対処しろと言うのだ?」
「……」
「そういうことだ」
黙りこんでしまったトニスを見て興味がないように自身の眼鏡をかけ直すと、眉一つ動かさずに作戦の説明の続きへと移る。
「敵はまだ国境を超えていないという話だが……遅くとも、明日の夕方頃には王都に着いてしまうだろう。作戦は迅速に行う必要がある。よって、作戦の決行は明日の夜明けと共に実行すると決定した」
そうして、残りの情報をそれぞれの隊に伝え終えると、会議は終わりを告げた。
解散していく隊長達の中でトニスだけが席をすぐには離れられずにいると、近くを通り過ぎようとしていたルーレックがその肩に手を置く。
「期待しているぞ―トニス・ルートリマン」
その言葉を最後に、ルーレックを含め隊長達がぞろぞろと退出していく。ケニカや一部の隊長達はトニスの様子に声を掛けるべきか考えていたようだが、いずれも今はその時ではない、と判断したのか他の隊長達へと続いていった。
そして、一人取り残されたトニスは己の無力さを痛感し、静まり返る広間で力任せにその拳を目の前の机へと叩きつけた。
これまで人を守る為に戦い続けてきた……それが、〝正義〟だと信じて。
幼き頃に憧れた『王都防衛軍』という大役。その上に立つものとして、いつの日か、誰のことも守れる人間になれるように、と努力してきた。
しかし、それは所詮、ただの憧れに過ぎなかった。
「これが『王都防衛軍』……。私達が―私が目指した〝正義〟なのか……?」
信じてきたものから裏切られたような現実に、〝隊長〟という『作った自分』さえも壊されてしまう。
トニスのやるせない呟きが静かな広間にただ虚しく響き渡った―。
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