第21話 〝英雄〟の誕生

「……なんで本当のことを言わなかったのさ?」


 〝王都防衛軍第十三部隊〟の副隊長であるカーシャ・ベルツフは、同じ隊の隊長であるトニスに少し責めるようにしてそう言い放った。


 レオハルト達と別れた後、少し離れたところでカーシャと話していたトニスはカーシャの言葉にその朗らかな顔を沈ませる。


「……彼は民間人だ。例え私達を救った〝英雄〟だとしても、必要以上のことは話すべきではない」

「ふーん……。相変わらずお固いね、あんたは」


 カーシャは先程の戦いで大きな傷を負い結果として守るべき民間人に守られてしまったことへの負い目もあり、つまらなそうに石を蹴った。彼女としては仮にも協力してくれた人間に対して後ろめたいことがあるのが嫌なのだろう。


 それを一番よく分かっているからこそ、トニスは謝罪の言葉を告げる。


「……すまない。君はこういう隠しごとは好きではないかもしれないが、これは『防衛軍』の上層部が決めたことでもある。耐えてくれ」

「別に良いさ。上層部がどうこうは別に関係無いし……。あたしは、あんたが正しいと思ったことに素直に従うだけだよ」

「昔から変わらないな、君は……」


 副隊長でもあり、また同級生でもあった彼女のそんな性格にトニスは苦笑する。そして、誰に言うでも無く小さく呟いた。


「言えるわけが無いさ……『魔術師』達全員が『自らを燃やして証拠を隠ぺいした』なんて事実は、な」



 ◇



 レオハルトは教会にある『聖堂』と呼ばれる大きな建物の中心に立っていた。彼は先日『魔術師』が襲撃してきた際にそれを撃退した生徒としてこの場に呼ばれている。


 周りにはレオハルト以外の教会の生徒達が綺麗に並び、またそれよりも少し外側には『王都防衛軍』の上層部の人間も居る。そして、一同の視線は全て中心に立つレオハルトに向けられており、彼はそんな視線を一斉に浴びつつも一歩、また一歩と足を踏みしめた。


 緊張はあったが動揺はない。これまでもレオハルトはこの教会の前大司教の息子として注目され、同時に〝落ちこぼれ〟とも呼ばれて必要以上に注目されていたのだ。


 ―……僕は〝稀代の征錬術師〟ラヴェルム・ヴァーリオンの息子だ。


 そう自分に言い聞かせることで、これまでもずっと心を落ち着けてきた。今さら彼に視線を向ける人間が一人二人増えた程度では特にその心境に変化は起きない。


 周囲に見守られる中、『聖堂』内にある階段を上がって壇上へと上がると、現大司教である白い鬚を伸ばした老人が厳かに言い放った。


「此度の貴殿の働きは、当教会においてもっとも優秀であることをここに示す。―レオハルト・ヴァーリオン、前へ」

「はい」


 そして、足を進ませて男性の前に立つと、その表情が隠れないように真っ直ぐに前を見た。そんなレオハルトに応じるように大司教は自分の傍で待機させていた教師の一人から箱を受け取ると、それをレオハルトの眼前へと置いた。


「この王都に迫った敵を退けたその働きぶりは非常に頼もしい。よって今回、貴殿には称号を与える」


 この場に居た全員がその言葉に耳を傾ける。レオハルトを励ましてくれた人、協力してくれた人……それだけではない。


 彼を〝落ちこぼれ〟と嘲笑っていた人間も―すべてこの場に居る。


「『征錬術』と『魔術』を併せ持った貴殿の称号は―」


 その誰もがレオハルトに注目する中、白髪の男はその視線を受け止めながら淡々とレオハルトへの『称号』を口にした。


「その特殊な技術から称し、―〝征錬魔術師〟とする」


 そう言って大司教はレオハルトの眼前に置いていた箱を開く。すると、そこには教会の紋章が描かれた首飾りが入っており、大司教は箱からその首飾りを取り出すとレオハルトへと掛ける。


「今後も我が教会の一員として、存分に『征錬術』と『魔術』を磨くがよい」


 大司教の言葉にこの上ない喜びを受け、レオハルトは体の奥が熱くなるのを感じていた。


 これからは父から授かった『征錬術』と、母からもらった『魔術』、その両方を隠すことなく生きていくことが出来る。


 高ぶる感情を隠しながらもレオハルトはそれを誇りに感じながら大きな声で答える。


「〝征錬魔術師〟レオハルト・ヴァーリオン―この名を頂き、より一層己を磨きたいと思います」


 その直後、周囲から歓声が巻き起こった。

 自分を励ましてくれた者も、自分を今まで蔑んでいた者も今は関係なく自分を祝福してくれている。


 そんな彼らに応えるように、レオハルトが首飾りと共に腕を上げると、より一層周囲から大きな歓声が湧いた。


 この日、〝落ちこぼれ〟と呼ばれた少年は、『征錬術』を扱い、『魔術』を操る、誰もが羨む〝征錬魔術師〟として―そして、王都を救った〝英雄〟となった。


 だが、レオハルトは知らなかった。

 この名声が長くは続かないことを―。

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