第15話 ごめん、遅くなった
『国立ラヴェルム征錬術教会』の広い中庭でミーネット・ガルスターは追い詰められていた。
正確には彼女だけではなく、この場に居る全ての人間が上空に浮かぶ『魔術師』によって苦戦を強いられている。
自らの『征錬術』によって作り出した大きな壁の後ろに隠れながら、ミーネットは周囲の状況を伺う。周りにはミーネットが作った壁ほど頑丈ではないものの同じように壁がいくつか点在しており、そのうちの一つ、ミーネットから見て最も近い位置にある壁に向けて彼女は声を張り上げた。
「シルヴィ! そっちは大丈夫!? まだ持ちそう?」
その言葉に『学生会』の書記であり、レオハルトの同期である少女、シルヴィ・ナルテルが切羽詰った声を返した。
「会長……すいません、もう持ちそうにありません。『征錬石』も一つしか無くて新しく壁を作ることも出来ないんです……」
「そんな……せめて、私がそっちに行くことが出来れば―」
ミーネットの言葉が終わる直前、周囲に轟音が鳴り響く。慌てて周囲を確認すると、ミーネットが隠れていた壁の一部が破損して小さな穴を空けてしまっていた。
「くっ……」
急いで『征錬陣』を描き、手に持っていた『征錬石』を使って壁を修復する。
『征錬術』で消費する『征錬石』の数はその力量が高ければ高いほど一度に消費する数は少なくて済む。
この教会で何年もの間、優秀な成績を収めていたミーネットですら壁の一部を修復するのに一つ消費してしまう。それが頑丈な壁を作るとなれば、なおのこと消費は大きくなる。
しかし、それはあくまでミーネットの場合だ。いくら二年生の中でも最も優秀な技術を持つシルヴィとはいえ、ミーネットの足元にも及ばない。
つまり、彼女が再び壁を征錬するのには少なくとも倍……下手をすれば、三倍以上の数が必要になる。そんな後輩の様子を見ながらミーネットが腰に付けていた鞄を漁ると、中には『征錬石』がいくつか入っていた。
しかし、これを向こう側に居るシルヴィに渡すことはどう見ても不可能だ。
不用意に相手に姿を晒してしまえば、『魔術師』達の放つ光に狙われてしまうことが彼女にも容易に想像出来ていたからだ。
そうなってしまえば、今の状況で指揮を執ることの出来る人間が居なくなってしまう。『防衛軍』も数人応援に駆けつけてくれたが、その内のほとんどはミーネット達同様に防御を強いられ動けずにいる。
そして、その『防衛軍』の代表である人物はミーネットの横で血が染みついた脇腹を抑えながら息を吐いていた。褐色の顔に苦悶の色を浮かべる女性にミーネットは心配そうに声を掛ける。
「大丈夫ですか……? すいません……本当ならこんな時、何か治療できるものがあれば良いんですけど……」
「……あ、あぁ。……気にしなくて良いよ。あたしの場合、自業自得だしね……。むしろ守らなきゃいけなかったはずのあんた達に守られているようじゃ、あたしも駄目だね」
そう言って笑顔を浮かべようとする女性に、ミーネットは掛ける言葉を失ってしまった。攻撃手段を持たず、ただ防戦一方の戦いはあまりにも凄惨だ。
―……レオ。
心の中でその名前を呟く。
幼い頃からずっと過ごしてきた大切な少年―彼は今、無事なのだろうか?
そんなことが頭を過ぎるが、彼はここには居ない。街で別れてから会うことが出来ていないレオハルトに、まるで助けを呼ぶかのようにその名前を心の中で呼び続ける。
現実逃避という彼女らしからぬ行動は、常日頃、周りを気にかけている彼女にとってどれほどのものかが容易に想像が出来てしまう。
そして、『魔術師』達はそんなミーネット達へ容赦なく攻撃を浴びせる。飛び交う攻撃の中、突然、後ろで壁を作っていたシルヴィが短い悲鳴を上げた。
ミーネットが急いで視線をシルヴィの方へと向けると、彼女が隠れていたはずの壁は完全に破壊され地面に座り込んでしまっているシルヴィが目に飛び込んできた。
どうやら、恐怖に足が竦んでしまい、すぐに立ち上がれないようだった。
―まずい!
そう思った時にはすでに目の前の『魔術師』達はシルヴィへと照準を合わせるようにしてその手を掲げており、後輩の危機にミーネットは自分の身を案ずることも忘れてシルヴィの元へと駆け寄って行く。
「か、会長……」
「シルヴィ……」
そして、どうにもならない敵を前に死を受け入れることが出来ず、肩を震わせながら泣き顔を浮かべていたシルヴィを抱きよせると、ミーネットは目を強く瞑った。
―レオッ!
心の中で縋るようにその名前を呼ぶミーネットに『魔術師』の放つ光が襲い掛かる。しかし、その光は横から来た別の光と衝突したかと思うと、彼女達へと届くこと無く霧散していってしまう。
「―え?」
驚くミーネットの目の前に黒い影が現れた。
あまり背丈は高くは無いが、途方もない恐怖に打ちひしがられていたミーネットにはその背中がやけに大きく感じられた。
そして、最も聞きたかった声がその背中から掛けられる。
「ごめん、ミーネ。……遅くなった」
そうして振り返るレオハルトの姿に、ミーネットは自分の目頭が熱くなるのを感じた。
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