第14話 〝英雄〟への変貌

「まず、簡単に『魔術師』の弱点から説明させて頂きます。彼らは見ての通り、『陣』を描くことなく、また【対価】を使用することもなく魔術を放ってきていますが……際限が無いわけではありません」

「どういうことだ? 先程、君が手から光を出した時も特に何かの準備をしているようには見えなかったが……」


 その顔に疑念の色を濃くしながら尋ねてくるトニスの視線を正面から受け、レオハルトも同様に視線を力強く返す。


「はい。おっしゃる通り『魔術』を使用する際に特に準備は要りません。『征錬石』を必要とする『征錬術師』とは違い、『魔術師』はその身一つで『魔術』を扱い、火や水、光……あらゆるものを生み出すことが出来ます」

「……そんな馬鹿な」 


 レオハルトの言葉に周囲もざわつく。自分達の想像を超える事実に困惑しているのだ。だが、レオハルトが軽く口を動かし始めると、彼らは次の言葉に注目し始める。


「しかし、彼らは無制限に『魔術』を放てるわけでありません。彼らに必要なのは術を扱う為の『準備』ではなく―『死ぬかもしれないという覚悟』だけです」

「……今いち分からない。その『死ぬかもしれないという覚悟』とはどういう意味なんだ?」


 レオハルトの展開する話について行けず、質問を返すトニス。レオハルトと違い、『魔術』を根本的に知らない彼らに少しでも伝わりやすくなるよう、工夫を凝らしながらレオハルトは言葉を続けた。


「お話した通りの意味です。彼らは『自らの命を【対価】として使う』ことで魔術を使用しています」

「……なんだって?」


 レオハルトから告げられた衝撃的な事実を受け、周囲のざわめきが一際大きくなる。だが、レオハルトはそれに構うことなく宙に浮いた『魔術師』の一人を指した。


「あそこに浮かんでいる『魔術師』ですが……他の『魔術師』に比べて飛んでいる高度が異常に低く感じませんか?」


 その視線をトニスが追いつつ確認すると、やがて感心したように声を上げた。


「本当だ……いや、しかし、単純にそういう陣形を意識しているんじゃないのか?」

「違います。……彼をよく見て下さい。先程から非常に疲弊している様子が伺えます。あれは『魔術』を使い過ぎた証拠です」


 レオハルトの言葉に、トニスは再び視線を上空へと向ける。そして、胸を押さえ苦しむ『魔術師』の姿に気付くと、先程と同じように感心した声を上げた。


「なるほど……君の言うことは一理あるかもしれないな。文献でも、『魔術師』は『生命を削り戦った』と言われているしな」


 そこまで言って、トニスはレオハルトの方に思い切り向き直った。


「先程、君は『魔術を使うこと出来る』と言っていたな? まさか―」


 そこまで言ったトニスの口調を遮るように、レオハルトが言葉を被せた。


「心配しなくても、僕は他人の為にそこまで命を張ろうとは思っていません」

「……そうか」


 それを聞いたトニスや兵士の顔に険しさが増す。

 彼らはレオハルトの言う〝他人である民間人〟を守る軍人だ。その民間人が自分以外はどうでも良い、と言ったのだ。


 当然、不機嫌にならないわけなどなく、レオハルトは言葉を選びつつ話を続ける。


「言い方が悪かったですね……すいません。しかし、勘違いをしないで下さい。僕はただ『命を張ろうとは思わない』だけです」

「……すまないが、君の言っていることの意味が私には分からない」


 少なからずレオハルトへの不信感を露わしているトニスに、レオハルトは慎重に言葉を選びながら事実を話していく。


「僕は別に、人助けが嫌だ、と言っているわけではありません。簡単に言ってしまえば、僕は魔術を『生命を削ること無く』使うことが出来る、と……ただ、それだけの話です」


 何度目か分からないトニスの驚いた表情を横目に、レオハルトは懐にしまっていた『征錬石』を取り出すと、それを先程の『魔術師』へと向けた。


「―大いなる光を以て己の罪を贖い、その裁きを受けよ」


 その瞬間、レオハルトの手から閃光が飛び出し、光はレオハルトが狙いを定めていた『魔術師』に当たると、大きな音を上げながら弾け、その衝撃で態勢を崩した『魔術師』が下に落下していく。


 それを一通り眺め終えると、レオハルトは再びトニスに向き直り、表情を引き締めたまま応じた。


「……お分かり頂けましたか?」

「あ、ああ……」


 突然の出来事にトニスはまだ実感が持てていない様子で、その返事は少し聞き取り辛いものだった。だが、彼は仮にも上に立つ人間だ。


 やがて、呼吸を整え落ち着きを取り戻すと、レオハルトに向き直る。


「本当に『魔術』を……すまない。君を疑ってしまって……」

「構いません。……それに、『魔術師』と我々は今は敵対関係にあるのですから、あなた方が僕のことを内密にしてくれるのならなんでも良いです」

「君は……本当にすごい少年だな。良いだろう、ヴァーリオン。君に協力させてくれ。私達は何をすれば良い?」


 先程まで疑いの目を向けていたトニスや兵士達は全員が謝罪し、レオハルトに協力を求めてくる。状況を打開する為、レオハルトはそんな彼らに聞こえるように大きく言い放った。


「では、あなた達の持つ『征錬石』を全て僕に渡して下さい」


 『征錬術師』の〝落ちこぼれ〟が、『征錬術師』の〝英雄〟へと変わった瞬間だった。


 ―そして反撃が始まる。

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