第12話 あそこには一体、何が居ると言うのだ…?

 空に漂う『魔術師』の一人―ジョーン・ルクウィンは、目の前で壁に隠れるだけの『征錬術師』達を見て大きく溜息を吐いていた。


 魔術師集団『ケファクルト』。彼はその中で〝第二十七番隊〟の隊長だ。

 隊長とは言ってもそれは肩書だけであり、実戦を経験したことがあるわけではない。しかし、今まで日の光を浴びて来なかった彼らにとって、今日という日は自分達の晴れ舞台となる―はずだった。だが、予想を遙かに下回る『征錬術師』達の対応に、ジョーンはその渋い顔を更に渋くさせる。


「……こんなものなのか、『征錬術師』とは。およそ、千年前に我らの祖先に勝利した者達とは思えんな」


 これまで彼は『この日』を待ちわび、必死に努力を重ねていた。

 祖先を滅ぼしたという『怨敵』……それが、今は殻に籠もる亀同然の対応しか取らないことに、ジョーンは深く溜息を吐くしかなかった。


 しかし、その落胆はすぐに覆されてしまう。突然、空中に滞在していた味方の『魔術師』の一人が何かを受け、落下していったのだ。


「……なんだ? おいっ! 今、何が起きた?」


 突然の出来事を前にジョーンは状況を確認する為、近くに居た『魔術師』の一人を捕まえるとその渋い顔で詰め寄った。まだ彼に比べて若い『魔術師』は慌てながらもなんとか声を出す。


「さ、先程、地上の方から光のようなものが出ており、それに直撃した者が落下したようです!」

「……地上から、光?」


 おかしい、とジョーンは思った。ジョーンよりも先に潜伏していたという『偵察隊』の話では、地上の兵器は全て無力化したと報告されていたからだ。


 ゆえに、すぐ下に居る『征錬術師』達は空に飛んでいる自分達を攻撃する手段を持たないはずだ。でなければ、こんな一方的に攻撃しているだけという事態にはならないだろう。


 ―ならば、もう地上の兵器が修復されたというのか?


 ジョーンが思考を巡らせていると、また一人『魔術師』が声を上げて落下して行った。今度はジョーンも目で追うことができたが……その先を目で追った彼は絶句した。


 それは、目の前に居る完全に無力だと思っていた『征錬術師』の集団から放たれたものだったのだ。


 しかし、同時にジョーンはそれだけでなく、別の事実にも気が付いた。光は宙に浮く『魔術師』の中でも比較的魔術を使い過ぎ、疲弊した者を狙っていたのだ。


 いくら表面上、疲労を隠しきれないとはいえ、相手は『征錬術師』。『魔術師』であるこちらの弱点など知っているはずが無い。


 ましてや、この追い詰められた状況で相手がこちらの様子に気付くとは思えなかった。もしも、まだあまり『魔力』を使用していない者へ攻撃されたとしても、魔術で『障壁』を作れば防ぐことが出来た。


 実際、つい先程まで『征錬術師』達の攻撃をそれで凌いでいたのだ。しかし、相手は間違いなくこちらの弱点を狙っている。


 焦るジョーンの耳に、更に驚愕の事実が報告された。


「隊長! 地上から放たれている攻撃は―我々と同じ、『魔術』によるもののようです!」

「……な……に?」


 握りしめた拳と額に汗が流れた。


 自分は一体『何』と戦っている? あそこに居るのは本当に『征錬術師』なのか?


 ―まさか、誰か裏切った者が居るとでも言うのかッ!?


 一度、感じた疑念は恐怖となってジョーンを襲う。見えない敵に対し、実戦を経験をしていなかったジョーンは恐怖に体が震え上がるのを感じた。


 しかし、それでも隊長となる器を持っていたジョーンは賢かった。相手が『未知の敵』であると認めたジョーンは、周りに居る全員に聞こえるように大きく声を張り上げたのだ。


「全軍、攻撃を止めろ! まだ『魔力』が十分に残っている者は『魔力』を失って高度の下がっている者を守ることに専念しろっ!」


 『征錬術師』を一掃しようと周囲を固めていた『魔術師』達は、ここに来て初めて陣形を崩した。『攻める陣形』ではなく、『守る陣形』へ。


 目の前の恐怖にジョーンを含む『魔術師』達は、ただ次の相手の行動を待った。


 ―あそこには一体、何が居ると言うのだ……?


 まるで喉元に冷たい刃を突きつけられたかのように、ジョーンはその額に汗を浮かべていた。

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