第11話 『魔術師』の血を受け継いだ―『征錬術師』です

「―おい、君?」


 青年の声でレオハルトは我に返る。気付けば、青年が心配そうでレオハルトの顔を伺っていた。


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

「……すいません、平気です。……今はもう落ち着きましたから」


 レオハルトは嫌な考えに引きずられそうになっていた思考を止めて深呼吸をする。すぐにでも真実を確かめたかったが、残念ながらこの状況ではそれも難しい。


 ひとまずアミナ達のことを頭の片隅に置くと、レオハルトは何か状況を打開できる術が無いかと辺りを模索する。すると、空に浮かぶ『魔術師』の一人に妙な違和感を感じた。


 ―なんだ……? 一人だけ妙に高度が低い?


 さらに良く見れば、最初の一人ほどでは無いが他にも数人が空を飛んではいるものの高度を低い状態で維持しており、加えて皆が皆、片手で胸を抑え苦悶の表情を浮かべていた。


「……そうだ」


 ふと、幼い頃の記憶が蘇る。「自分は魔術師だ」とレオハルトに話していた母。

 彼女に教わった『征錬術』には出来ない数々のもの。そして―その〝危険性〟。


 『魔術師』は皆、自分の命を力に変えてそれを『魔力』と言われるものに変換しているのだ、と。


「君、何か言ったか……?」


 先程の呟きに青年が振り返る。その表情には長い防戦に精神的な疲労が見て取れた。


 それは彼だけではなく、見渡せばどの兵士もまた彼と同じような表情をしておりその疲労を隠せていなかった。このままでは時間の問題だろう。


 一刻の猶予も無い状況を前に、レオハルトは一度ゆっくりと目を瞑ると、青年の問い掛けとは違った形で言葉を返した。


「少しお聞きしたいことがあります。……あなたは今、何と戦っていると思いますか?」

「なんだ……? 今は謎解きに付き合っている暇は無いぞ」


 レオハルトの唐突な問い掛けに青年は眉を動かして困惑の表情を浮かべる。しかし、それでも構わずレオハルトは青年へと言葉を続ける。


「謎解きをしているつもりはありません。現状を把握する為の質問です。あなたが思ったことをそのまま答えて下さい」

「質問の意図が分からんが……そのまま答えろと言われてもな」


 レオハルトの言葉にますます怪訝そうな表情を浮かべる青年だったが、もともと真面目な性格なのだろう。迫り来る攻撃に警戒を解かず、横目でレオハルトの様子を見ながら答えてくれた。


「『人間』……じゃないのか?」


 そこで、ようやく気付いた。彼らは『魔術師』という存在を認識していない。

 それは当然だ。千年以上前に存在したと言われているだけで、生きていた痕跡すら無い『魔術師』という存在を誰が認めるのだろう。しかし、レオハルトはその常識から外れていた。


 自分の母が『魔術師』だったレオハルトは、一目見て相手が『魔術師』だと認識出来た。そして、認識していない存在を相手に伝えるのは簡単ではない。だから、レオハルトは慎重に言葉を選びながらその存在を伝えていった。


「先に言っておきます。……今、僕達を攻撃している彼らは―『魔術師』です」

「『魔術師』……?」


 彼らにとっては突拍子も無いことだったのだろう。レオハルトの答えを聞くと、一瞬呆気に取られた表情を見せるもののすぐに表情を引き締めると、再び顔を敵の方へと向けていた。


 まるでレオハルトに「そんな御伽話に付き合ってる場合ではない」とでも言うかのように。


「何を言っているんだ君は? 『魔術師』なんていうものは存在しないだろう。確かに、彼らは文献にある『魔術師』達のように宙に浮いているように見えるが……あれも何かしらの仕掛けがあるんだろう」


 青年はまるでこちらの正気を伺うように声音をより真剣なものへと変えていく。こういう絶望的な状況で人は冷静さを失う、ということを間近で見て来たのだろう。


 彼は至って冷静だ。そういう人間こそ、説得するのは容易ではない。

 しかし、信じにくいからこそ、一度信じてしまえば以後はそれを信じる可能性は大いにある。そんな真っ直ぐな心を持っていることを目の前の青年から感じ取ったレオハルトは、逸る気持ちを押えながらも一つ一つ言葉を選んでいきながら話を続ける。


「『魔術師』は存在します。現に、僕達の前に現れ、【対価】を支払うこと無く攻撃をしてきています。僕達が兵器も無しにあんな攻撃を撃てると思いますか?」

「……そうは言うがな。奴らが撃っているものが、見た目通りのものとは限らないだろう? 何か特殊な方法でかく乱させて、そういうように見せている可能性も―」


 そうしている合間にも敵の攻撃が飛び交い壁を揺らす。青年が悔しそうな表情を浮かべるのを見ると、レオハルトは少しだけ声音を低くしながら呟いた。


「僕はあまり無責任な事は言いたくありませんが―一つだけ、言わせて下さい」


 普通の説得では駄目なことは分かっていた。しかし、この状況を打開するには、この青年に少しでも早く状況を理解してもらわなければならない。だから、レオハルトは憎まれる覚悟で彼を『挑発』するしかなかった。


「あなたは、『自分の価値観だけで他人を危険に晒す』のですか?」

「……それは、どういう意味だ?」


 レオハルトの言葉を受けた青年の声が低くなる。理解できない話をされ、一方的にこんなことを言われれば、怒るのは当然だろう。


 しかし、レオハルトは殴られることさえ厭わずに話を続け、あえて憎まれ役を買って出る。自分の大事な人達を救う為に。


 今までずっと助けられてきた、今度は自分が助ける番だ、と……その決意を胸に抱いたまま、レオハルトは青年と対峙する。


「今、あなたは『自分の価値観』だけを優先して周りを見ていません。あれが『魔術師』でなくて、なんだと言うのですか?」

「……面白い」


 目の前の青年はレオハルトがただ挑発をしている訳ではない、と長年の経験から理解したようだった。だが、挑発に完全に乗ることはせず、冷静な口調で言葉を返してきた。


「そうまでして挑発するのなら、他に『証拠』があるのだろう? そして、『打開策』も……もし、君が私を納得させるような『証拠』を提示出来るのなら―例えそれが、嘘であろうと君の話に乗ってやろう。……どのみち、ここも時間の問題だ」


 兵士が一人、また一人とただ時間稼ぎの為に死んでゆくのを見ながら、青年は歯を食いしばった。そんな人間に失望を抱かせてはいけない。


 自分のやるべきことを見つめ直し、レオハルトは再び青年に向き直った。


「今からやることはなるべく他の人に話さないようにして頂けませんか? ……僕だけでなく、周りに被害があると嫌ですから」

「……? なんのことかは分からないが……まあ、そう言うのなら約束しよう」

「では―」


 そう言ってレオハルトは手に神経を集中させる。まるで、体内から何かを生み出すように、その手から何かを創造するように。


「大いなる光を以て己の罪を贖(あがな)い―その裁きを受けよ」

「こ、これは……」


 目の前の青年が息を飲み込む。彼の視線の先に居たレオハルトの手に突然現れた白い光に驚愕していたのだ。


 『陣』を描くこと無く、また【対価】を支払うことも無い。

 白い光が薄暗くなった壁をぼんやりと照らすのを見ながら、青年はただ小さな声で質問を投げかけてきた。


「君は一体……何者なんだ……?」


 レオハルトは相手が否定せず、自分を受け入れたことに少し笑顔を浮かべながら、ゆっくりと言い放った。


「僕はレオハルト・ヴァーリオン。千年前に滅びたと言われる『魔術師』の血を受け継いだ―『征錬術師』です」

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