SKYWALKER THE NOVEL “BIGINING NARRATIVE”
スタジオあなろぐ文芸部
第一章 天の落とし物
●01 SIDE:天霧メル
TOKYO――トーキョー。
東京。それは本来『東にある都』の意味で。
今やその名を口にする者すら滅多に居ないこの街が、かつては日本という国家の中心として栄えていた時代もあったのだと、アタシはシスター・エイミから教わった。
彼女の幼い頃は千四百万もの住人が、この小さな土地にひしめき合って。
彼等の生活を支える為の施設や組織が、やっぱりひしめき合って。
それはもう大層な賑わいであったのだとか。
たった半世紀。されど半世紀。
シスター・エイミは今のトーキョーの有様を嘆く事もあるけれど。
それは約五十年前との比較から生じる、一種の郷愁か何かであって、私にとっては無縁のものだ。アタシが物心ついた頃にはもうトーキョーは『こんな』だったのだから。
「…………Yeah♪」
高い場所に登れば今のトーキョーを一望するのはそう難しくない。
約四十年前の『神託戦争』で高層ビルと呼ばれる高い建物は大半が破壊されて崩れ去っている。この手の『目立つ』建築物は艦砲射撃でも空爆でも分かり易い的だからだ。
おかげで見通しがいいのなんの。
残ったビルも分かり易く『終わった』感をアピールし続けている。
あちこちひび割れたり。傾いたり。崩れたり。焼け焦げたり。
「御許へ・主よォ 御許にィ近づかァァん♪」
それは道路も同じだ。
整備は勿論、高層ビルの瓦礫が撤去されないままに残っている為、もう車が行き来できる道は半世紀前の半分以下なのだとか。
上から見下ろす限りもう閑散としたもので、かつては都市の動脈として、昼夜を問わず、数えきれない程の車と人が行き来していたというそこには……今や、縦横無尽に亀裂が走り、そこには丈の高い雑草が生い茂る。もう動くものなんて時折、その向こうにちらほら見える程度だ。
人だったり。車だったり。野良犬だったり。ドローンだったり。
信号機はへし折れて……道路標識は色褪せ、あるいは汚れ、削れて、もう何が描かれていたかを判別するのも難しくなっている。
そんな道路の脇に未練たらしく建ち並ぶ建築物の群れ。
シスター・エイミに言わせるとそれは『まるで墓場の
過去の為の記念碑。失われてしまったものの記録。
墓は、死者が安らかに眠る為にあるのではない。
それは、生者が死者を懐かしむ為にあるのだとか。
アタシとしては
トーキョー。ここは本来の住人に見捨てられて『終わった』街だ。
けれども本を閉じて『
終わった後に生まれたアタシ達にとって、これはごく当たり前の日常風景。
アタシ達は『終わった』と老人たちが嘆いたもなお、ここで、生きている。
見るべきは明日であって過去じゃない。
「いかなる苦難がァ、待ち受けようとォォもォォ! 汝に我が歌を捧げちゃいますゥ!
主ォよ御許に近づかぁぁぁぁん♪ …………さて、いっちょ、労働にイソシミますか」
丁度、頭に巻いた骨伝導ヘッドフォンから流れてきていた和風讃美歌ロックバンド〈
音楽をかけるのは、ここまで登ってくるっていう重労働に気が滅入らないように。
音楽を止めたのは、これから行う準備で集中力を欠かないように。
何しろアタシの『仕事』はいつも命懸けだ。ちょっとした点検ミスがそのまま死につながる。まあ迂闊に『神様、あなたの近くにいきますね♪』なんて歌う曲掛けてると、そのまま天国に直行しかねないってのもあるけれども。
ぐるぐるとまず肩を回して、準備そのいち。
続けて、準備そのに。
アタシは『跳躍台』の端っこに向かいながら既に展開済みの『翼』に触れる。
軽量合金の骨格。合成樹脂の皮膜。
『翼』と言いつつも……先端部には獲物を『
あちこちに雑にステンシルで記された〈スカイウォーカー13〉ってのがコイツの名前――いや『銘』。付き合いのある〈
軽く電装系の動作確認。OK。
安全ベルト確認。OK。
緊急機動用の超小型化学ロケットモーター。OK。
風を読むついでに軽く匂いを嗅ぐ。
長い雨季を終えての、久々の晴天。
乾いた空気に混じる香ばしさが気持ちいい――
『――おい。メル』
不意にヘッドフォンから〈機械屋〉のオヤジのだみ声が聴こえてきた。
メル。私の名前。天霧メル。
〈機械屋〉のオヤジがわざわざ私を名前で呼ぶのは、教会に暮らす孤児達は全員、シスター・エイミと同じ天霧姓だからだ。天霧だけではシスターの事か、私の事か、あるいは妹分弟分達の事なのかの、区別がつかない。
このせいで〈機械屋〉のオヤジのみならず、今じゃ誰もがアタシの事をなれなれしく名前で呼ぶしアタシもそれに慣れてしまった。まあメルという自分の名前は気に入っているので、文句はない。
ともあれ――
『〈
「……〈
『いンや。もっと上だ。『天界』の方だな』
「……
言ってアタシは頭上を見上げる。
目に映るのは、空に浮かぶ巨大な……雲よりも大きな『輪っか』、俗に〈
正式名称は確か、『
超技術の産物で、細かい原理は勿論、無学なアタシには分からないけど、物体の落下を限りなく
遅くしたり、飛行物体の速度を速めたりも緩めたりも出来るとか。
三つ在るその空飛ぶ輪っか向こうには、〈大天使の輪〉を管理する『天界』が……即ち空飛ぶ都市・真秀市が在る筈だけれど、正直、あまりに高度が高いのと、間に挟まっている雲のせいで、今は影も見えない。雲の無い日はその輪郭くらいは見える事もあるんだけど。
『ああ。まあ『天上人』の気まぐれって線もあるが……今日の『狩り』は延期にした方がよかねェか?』
「先月から飛べてないの知ってるでしょ。このところずっと空が荒れ模様だったから。そろそろ働かないと飯の種が尽きる。働かざるもの、喰うべからずだよ」
『窃盗が労働に分類されるかどうかは微妙なところだがなァ?』
「その窃盗犯の上前はねてる奴が言うこっちゃないね」
『狩り』の獲物はアタシでは解体できないから、それも〈機械屋〉のオヤジに頼むことになる訳だけれども。当然、その際に〈機械屋〉のオヤジは儲けの半分を持っていく。
がめついという言葉すら生ぬるい搾取の構造だ。
『バッカ、おめえ、俺は出所を気にしてねえだけよ。まっとうな商取引だぜ?』
「まっとう、とか……どの口が言うかな」
『誰のお陰でウランだのリチウムだのを金に換えられてると思ってンだ』
「金に換えてんのはオッサンじゃなくて闇市業者だよね……」
アタシは溜息をつくと一通りの装備の点検を終えて、深呼吸。
改めて携帯端末から〈東方★三博士〉の曲を再生する。
和太鼓の頼もしい
どぉんどぉん。べんべんべべん。
「行くよ。『回収』よろしく」
そう告げて――『跳躍台』の端を蹴る。
落下防止柵なんてとうの昔に無くなっているから、その軽い一歩で、アタシは吊るものも支えるものも無い、虚無の只中、空へと躍り出た。
『現れたる道はァ・ヘブンへのきざァァァアはしィ!』
がくん、と一瞬ながら落下の浮遊感。
何もかもが上にすっ飛んでいく視界。
勿論、このままだとアタシは地面に一直線、そのまま
『汝、汝、汝が授けし賜物ォゥオゥ・慈悲による授かりものォ!』
けれど次の瞬間、〈スカイウォーカー13〉の翼は風を噛み、落下を止めていた。
周囲の空気はするりと動きを変えて、横に――後ろへと流れ始める。
いつも通り、諸々問題なし。
この翼が風を『噛む』瞬間がアタシは好きだ。
『落ちる!』という恐怖から『飛んでる!』という安堵と感動への変化。
死の淵に向かって真っ逆さまに落ちていく喪失感、絶望感が、一瞬にして、生の躍動感へとすり替わる、その変化が、たまらなく――アタシは愛おしい。
…………シスター・エイミや〈機械屋〉のオヤジは、『アドレナリンでハイになってるだけ』だなんて無粋な事をいうけれど。
『天使がァ手招きするゥーYeah!』
べべべべべん。どどん。
風がいい感じだ。このまま目標域に向かおう。
そう決めて――アタシはちらりと肩越しに自分が数秒前まで居た『跳躍台』の方を振り返る。
六百メートル超の身の丈を誇り、今も尚、周囲を見下ろす巨大な『棒』
トーキョーを更地にしかねない程の激しさだった戦争でも、倒れる事の無かった鋼鉄の『塔』。
それはかつて『東京スカイツリー』と呼ばれ、今は私を含め〈スカイウォーカー〉達から『跳躍塔』と呼ばれている、巨大な電波塔だった。
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