第3話 婚約破棄と追放

「聖女は一世代に一人しか生まれないはずだ。これまでの王国の歴史でも、聖女が二人もいた試しは無い。虹色の瞳は、聖女の証。それが、なぜこんな下賤な女とリーゼロッテに現れたのだ? リーゼロッテは公爵令嬢という高貴な血筋だ。ならば、そんな彼女が偽物であるはずがない! そうであれば、貴様が偽物だ!!」


 フランツ殿下が、険しい表情で言い放った。


 ちょっ、その理論、滅茶苦茶でしょう!?

 聖女は聖シルトバーグ王国の国民から生まれるのであって、そこに血筋の貴賤は無い。


 流石にこれは見過ごせない。


 私が口を開こうとした瞬間、


「貴様が『聖女』を騙った罪は重い! 衛兵! 即刻、此奴を牢に繋げ!! 明朝には処刑する!!」


 フランツ殿下は、私を強く指差して激しく怒鳴り散らした。


「なっ……!?」


 そんな!

 確かに私はフランツ殿下には嫌われていたけど、いくら何でもそこまでするの!?


 国王様も王妃様も所用で国外に出られてるから、誰も止められる人がいないのは分かるけど、それでも横暴が過ぎるでしょ!!!


 パーティーに出席していた貴族達も、急に下されたあまりにも重い罰に、騒然となった。

 たまたま出席していた大臣達も、「これはまずい」「流石にお止めせねば」と血相を変えて、人波をかき分け、フランツ殿下の元へ急いでいた。



「お待ちください!」


 リーゼロッテの絹のような凛とした声が、パーティー会場に響いた。

 一瞬にしてパーティー会場が静まり返り、その場にいた全員の身動きが止まった。


「殿下、彼女は確かに偽物かもしれませんが、それでも今までこの国に尽くしてきてくれたのは事実。その実績を鑑みて、どうか、お慈悲を賜ることは可能でしょうか」


 リーゼロッテは胸元で手を組み、懇願するように真っ直ぐにフランツ殿下を見上げた。


 一瞬だけ、リーゼロッテの瞳が赤く怪しく煌めいたのが見えた。


「おお、リーゼロッテは本当に慈悲深いな! これこそ、真の聖女たる所以だ!」


 なぜかフランツ殿下が、急に意見を変えた。

 デレデレと心酔するように、どこか虚な瞳でリーゼロッテを見つめる。


「であれば、聖女リーゼロッテは、この者にはどのような罰が相応しいと思う?」


 フランツ殿下が下卑た笑みを浮かべ、彼女の耳元で囁いた。


「それでしたら、ノーラには、聖シルトバーグ王国の地を二度と踏むことがないよう、永久に国外へと追放いたしましょう」


 リーゼロッテが静かに告げた。


「ハッ。そうだな、此奴には国外追放が相応しいな。偽聖女め、二度と我が国に入ることは許さん! もしまた我が国に足を踏み入れようものなら、今度こそは処刑してやる!!」


 フランツが大声で宣言すると、大臣達は酷く頭を抱え、あるものは昏倒さえしていた。


 たくさんの貴族が出席する公の場で、王族の決定が下された——もう、この宣言を無かったことにするのは不可能だった。



 フランツ殿下は、「さっさとあの偽物をつまみ出せ! 今すぐに捨てて来い!!」と衛兵に命令を下していた。


 私は俯いた。震えが止まらなかった。

 衛兵に乱暴に両腕を掴まれ、無理やり外へと連れ出される。


 貴族達の痛いほどの視線が私に突き刺さるし、これみよがしに「まぁ、偽聖女ですって」「私達を騙してた当然の報いだわ」「哀れなものね」などの蔑むような会話も聞こえてくる。


 でも、私はただただ笑いを堪えるのに必死だった。


 こんな地獄から逃げ切れるという、とんでもない大歓喜に笑いが爆発しそうだった。




 着の身着のまま、囚人護送用の馬車に乗せられ、国境を越えた森の中で私は放り出された。


 ここまで送ってくれた兵士には「もう二度と来るな」とご丁寧に言われ、馬車は足早に聖シルトバーグ王国へと帰って行った。



……何とも、呆気なかった……


 あまりにもスピーディーに物事が進み過ぎて、自分が自由になったという実感が湧かなかった。


 ただ、私はもう祖国に戻ることはできない。


 あんな地獄のような国、もう二度と帰りたいとは思わないけど……


 くるりと聖シルトバーグ王国に背を向けて、放り込まれた隣の大国——シュバルトベルグ帝国の、とりあえず近場の人がいそうな村を探して歩く。



 森の中の道をたどっていると、不意に私の目の前に、悪魔が舞い降りて来た——リーゼロッテだ。

 彼女は、まるで女神様のように優しく微笑んでいた。


「これで私達の間の契約は完了ね。私はフランツ様をもらったし、あなたも自由になった」

「……そうね。悪魔にこんなことを言うのは癪だけど、ありがとう」


 私がお礼を言うと、悪魔は一瞬だけきょとんとして、コロコロと笑い出した。


「あははっ! 悪魔にお礼を言うだなんて、あなたって本当に変わった聖女ね。そうねぇ、笑わせてもらったし、一つ、いい事を教えてあ・げ・る」


「な、何よ……」


 悪魔がにじり寄って来たから、私は身構えた。


「ねぇ、どうしてあの日、私が聖堂なんて女神の加護の厚い場所に入れたのかしら?」

「!?」


 いきなり目の前で、悪魔に爆弾発言を落とされた。


「そもそもこの国には、歴代でも最強と言われる聖女の結界が張ってあったのよ? 聖堂どころか、悪魔はこの国に足を踏み入れることさえ不可能よ」

「なっ……そういえば……まさか、結界に綻びが!?」


 まさか、私の結界に不手際があったの!?


 幼い頃から私は結界を張るのが得意だった。

 綻び一つ無い結界を広範囲に張れることを、実はちょっぴり誇りに思ってたし、結界を張ること自体は割と好きだった。


 それなのに、綻びがあったなんて……!


「まさか~、無い無い。そんなものあったら、とっくの昔に入り込んでたし、他の奴ら悪魔も入り込んでたでしょうね。でもねぇ、女神も愛し子があれだけ酷く扱われて、胸を痛めたんでしょうね」


 悪魔はカラカラと笑った。


「まさか……!?」


 女神様が、結界内に悪魔を招き入れた!?


 衝撃的な事実に、私はポカンと固まった。あまりにも衝撃が強過ぎて、私はしばらく思考が停止していた。


「さあ? 証明しようにも証拠はないわよ。……私の契約は、あなたを追放して自由にするところまでよ。ここから先は、女神の思し召しね」


 悪魔の視線の先には、こちらへ向かって来る豪奢な馬車があった。


 私も、ハッとなって、馬車の方を見た。



「あなたの怠惰は、とびっきり甘い味。でも、何もかもを拒絶するみたいに、尖った甘さだったわ」


「……私の怠惰……? いきなり何を……」


 別れ際に、悪魔に急に訳の分からないことを言われて、私は思わず顔を顰めた。


「やろうと思えば、私がフランツ様を誘惑している時も、あの時のパーティーでも、あなたは私が悪魔であることを証明できた——あなたの浄化の力を使って、私の本性を暴くことができたのよ」


……そうね、でも私はそれをやらなかった。それは確かに、私の怠惰。


「怠惰は悪魔のお菓子よ。ご馳走様」


 悪魔はぺろりと赤い唇を舐めると、上機嫌に消えていった。



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