第3話「髑髏屋敷!」

 メイド集団の跋扈する港湾で、倉庫の裏に隠れた黒猫・ヘイはフッと息を吐く。

 その瞬間、『彼女』の姿が変化する。

 一匹の小さな猫の姿が、二足歩行の人型に──


「……さて。どうしたものかな」


 淡白な眼差しの黒髪少女。

 どこからともなく現れた赤いマフラーで首輪を隠し、どこからともなく現れた布で体を隠し、彼女は人の姿に変化した。

 冥界生まれ冥界育ちの彼女は、当然のことだが普通の猫ではないのだ。


「……タナト様……。……取り敢えず、正体がバレないようにしないと……」


 小さくそう呟くと、彼女は港湾からそそくさと離れていった。


     ♡♡♡


 冥土島は、孤島でありながら意外にも自然より人工物で溢れ返っている。

 それでも北部にある山や海に面した砂浜からの景観は美しい。

 気候は穏やかで、過ごしやすい涼しい湿度と温度で満たされている。

 ここで生活するのは誰にとっても難ではない。

 ただ唯一、もりタナトを除いて。


「……視線を感じます……」


 案内役を自称する金髪のメイド・ほうきだかイアムに連れられて島内を歩くタナトは、周囲の島民メイドたちから羨望に近い眼差しを向けられていた。


「当然です! なんてったってご主人様は『死神公爵』。現代最高の死神なのですから!」

「い、いや、オレは別にその……。ただ力技で悪霊退治ばかりしていただけでして……。実はその、女性を成仏させた経験が一度も無いんですよね」

「? 関係ないですよ! ご主人様はここのみんなにとって、とかく憧れの対象ですから!」

「あ、ありがたいことです」

「堂々としてください! この島から輩出する女性死神を選ぶのは、ご主人様なのですから!」

「あ、あれ? 育成だけを頼まれたのかとばかり……」

「え? お聞きしていないんですか? ご主人様は公爵として、この島の中の女性を評価する立場にあるんですよ? 評価基準もご主人様に決めて頂きます。そして! ご主人様が死神として能力十分と判断した者だけが! この島から『卒業』し! 本物の死神となれるわけです!」


 巨大なハート形の髪飾りを揺らしながら、イアムは人差し指をピンと立てて誇らしげな表情を見せる。

 まだ彼女に対して恐怖を抱いているタナトは、目を会わせることすら出来ずにいた。


「……ところで、先程から気になっていたのですが、その『ご主人様』という呼び方は何なんでしょうか」

「私は『世話役』ですから! それこそガチな意味で、これから『メイドさん』を遂行しなければなりませんので!」

「ガチな意味で……?」


 他の島民たちもメイドの格好をしているが、何も本当に主人がいるわけではない。

 あくまで彼女らは、死神として重要な奉仕精神を培うためだけにメイドを演じている。

 だがしかし、この金髪で巨大なハート形の髪飾りをしたメイドだけは違う。


「さあ! ここがのお屋敷です! ご主人様!」


 明らかに島の中心部から少し離れた位置。

 今は歓迎するために数多のメイドさんたちが並行しているが、平時なら人が来ないだろう町の離れに、この屋敷はあった。


「……」


 ドン引きするのも無理はない。

 紹介に預かったタナトの屋敷は、おどろおどろしいしゃれこうべのようなデザインの建物だった。

 玄関は口で、両目は窓になっている。

 そのうえ、何故か庭にまで髑髏が無数に並べられていた。


「分かりやすく死神らしいですね……」

「ありがとうございます!」


 褒めたわけではない。

 だが、タナトは女性にそんなことを口に出来る男ではない。

 そう。受け入れるしかないのだ。

 彼はこれから、この呪われたかのような屋敷で生活しなければならない。


「……いやでも……」


 受け入れるしか、ないのだ。


「……わ、分かりましたよ。ふむ……」


 まあタナトなら大丈夫さ。頑張りなさい。


「地の文さんはオレの親なんですかね」

「どうかされました? ご主人様」

「いいいいえ! と、とっても素敵なお屋敷だと思います……」

「お褒めに預かり光栄ですッ!」


 褒められたと思って喜んでいるイアムの満面の笑顔を見れば、タナトはもう何も言えなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る