海に沈むジグラート 第57話【高貴なる人】

七海ポルカ

第1話 高貴なる人



「素晴らしいお芝居でしたわ」


 屋敷に戻ると、仲のいい兄妹は互いの外套とマフラーを外すのを手伝い合って、居間に戻ってきた。

「私は上流階級の方が見るお芝居なんて、目が肥えていませんけれど。フランスで見たお芝居も素晴らしかったですが……ヴェネトの劇場もとても素晴らしいと思います」

 ラファエルは笑った。


「いや。僕もそう思うよ。フランスは芸術の素晴らしい国だけれど、ヴェネトも素晴らしい美術品は揃っている場所だ。今は世界に対して非常に難しい立場に置かれているけど、先代の王ユリウス・ガンディノの時代は長い治世で近海も安定し、貿易が盛んだった。

 他国からの貿易船も積極的に受け入れていたという。

 優れた芸術というものは、人によって磨かれる。人が集まり、人が混じり合うということは、様々な土地の文化が集い、人々の手と目によって芸術が磨かれていくんだ。

 ヴェネトの高い文化水準は、この国が優れた貿易都市だったという証だよ。

 今は他国との交易をほぼ遮断してしまっているから、かつてはという話になるけどね」


 ラファエルが片目を瞑って付け足した一言に、アデライードはくすくす、と笑った。

「ラファエル様、アデライード様、お帰りなさいませ」

 世話役の女性が二階から降りてきた。

「やあ。留守番ありがとう」

「お芝居はいかがでございましたか」

「とても良かったよ」

「異国の衣装がとても素敵でした」

「暖炉にお湯を掛けてあります。丁度いい頃合いですわ」

「すぐにお茶をお淹れしますね」

 アデライードが一足先に居間に入って行った。

「明日はまた雪が降るそうにございます」

「しばらくはまだ寒そうだねえ」

「食材の準備はしておきましたけれど、本当に帰ってもよろしいですか? お手が足りないようでしたら明日の朝までおりますが」

 世話役の女性はそう言ってくれたが、ありがとう、とラファエルは微笑む。

「でも貴方がしっかり用意してくれたから、例えひどく積もっても数日は大丈夫だと思う。

それに僕は毎日寒くて参ってるけど、アデライードはこの前の大雪でもまるで外に出たい子供みたいな顔で一日中窓辺に腰掛けて雪を見てたよ。豪気な我が妹君は雪が積もったくらいじゃ全く騒がないようだ。僕も見習わないとね」

「立派なお嬢様ですこと」

 世話役の女性は微笑んだ。


「馬車をまだ待たせてあるから、どうぞ送ってもらって下さい」

「まあ……申し訳ありません」

「とんでもない。遅くまでどうもありがとう」

「では、失礼致します」


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