第3話 のぞきを出来ない、そんな任務もあるさ

助太が、所属する里のすぐ隣にある敵国領地内の屋敷に、清水と一緒に忍び込んだ時のことである。


任務は、武家屋敷にて、公家と武士が密談を交わすであろう為、その内容を逐一記憶するようにというものだった。天井で助太は盗み聞きをしていて、清水は屋外の廊の片隅でしゃがんで待機していた。その清水の意識が、一瞬天井の助太に行った頃合いに、槍を手に屋敷内を巡回していた侍が清水をヒトだと認識した。


「出会え、出会えぃッ! 忍びじゃッ!」


そして、清水はその槍の一撃を横腹に食らってしまったのだ。ただし、刺されたものの一つとしてうめき声などは漏らさない清水だった。が、その侍の声で清水がただならぬ事態に陥っていると理解した助太は、


「俺が相手だ」


屋根瓦の上に降り立って叫ぶと、槍や刀をとった侍三人の眼の前に跳んで進み出た。


「よよッ、貴様が照ノ条の御庭番かッ」


「そうだ。この頬の傷が目に入らぬか」


「傷だと…!?」


ずいっと顔を夜光に突き出す助太。やがて侍の一人が素っ頓狂な声を上げる。


「者共、こやつはかの有名な助太という忍びじゃ! 気を抜くでないぞ!」


「ほほぅ、察したか。では、日光流独眼崩しを披露せねばならぬな」


侍たちは大いに狼狽した。というのも、披露するというこの術は、剣術の師範代を七人まとめて葬ったこともあるそれはそれは恐ろしい技で、この国の侍の間にも不吉な噂として拡まるくらいのものだったからである。


助太は短剣を上段に構えてぼそりと呟いた。


「まずは左のお主、ゆくぞ」


銀色がしゅッと閃いたかと見えた瞬間、侍の一人が床に這いつくばった。


「お、お主、味な真似をしやがったな!」


刀を大きく振りかぶって次の侍が切りかかってくる。

今度は助太の腰がクイッと捻られたかと思えた刹那、二人めの侍が「うっ」と呻いて倒れ込んだ。


「くそっ、くそっ!」


最後に残った、槍を装備した侍がそう口走る。

短剣と槍。間合いを取るには少々時間と技量が要るかに思われた。


しかし、侍が槍を助太の腰あたりに突き出してきたまさにその時、助太は槍に飛び乗り、そこから数歩駆けていって侍の首筋に一閃を食らわせた!


「ぐゔぉぉぉ」


断末魔の雄叫びをあげて死んでゆく侍。

腹を抑えながら、ようやく安堵できるとばかりに嗚咽を漏らし始める清水。


「なんてこった、清水どの、見せてみよ」


幸いにも急所を外れている。が、内臓をやられていないという保証はない。


「すぐ薬師を探してあげるからね」


そのままひょいと清水を背中にしょってあげる助太。


「面目ありません…忍び失格です、私は…」


「痛くても声をあげなかったこと、それは立派な忍びの証だよ。そう卑下することはない」


すると、悪いことに加勢と思しき男どものドタドタという足音や声が聞こえてきた。


「まずいことになりそうだ」


助太がそう口にすると、二度目の軍勢の最初の波であろう侍たちと目が合ってしまう。


「よッ、者共、忍びじゃ、曲者じゃっ! 出会え、出会え!」


「ふっ、残念だな。俺が『蛙足の助太』とも呼ばれているのを知らぬか」


「な、何だと!?」


すると、助太は清水を背負ったまま、


「ふんっ!」


勢いよく鼻息を出すとともに、はるか上空へと跳躍し、壁を越えていった!

侍たちは歯がゆさ故に地団駄を踏み始める。


「ええいっ、回り込めッ! まだ外にいるはずだッ!」


だが勿論、助太たちは侍どもが現場に着く頃には姿を消していた──。


☆ ☆ ☆


里には専属の薬師──二十五歳になる独身女性で、皐月という名だ──が二十四時間体制で詰めている。


「もうすぐ着くからね、清水どの」


(背中に…温かい肌の温度を感じる…)



 数刻もかかなかったであろうか、しばらく後、助太たちは里に居た。


「で、どうだ皐月どの、清水どのの臓物はやられておらぬか」


「はい、助太様、肝臓をスレスレに槍の切っ先が微妙な塩梅で入ったようで、動脈や臓器などに損傷はありませぬ」


「それはよかった」


溜息を久しぶりにつく助太。


「清水どの、清水どの」


反応がない。皐月が手で合図をしながら、


「今は、縫った反動と薬の副作用で多大な眠気が出ております。一日ほど経てば気がつくでしょう」


「かたじけない。──ありがとうござる」


「いえ、お礼には。仕事ですから」


微笑む皐月。


実は彼女もまた、助太に密かな想いを寄せている一人だったのだが、そんなこととはつゆ知らず、その肩に手を置いて助太は、


「俺の相棒を助けてくれて…本当にありがとう」


「いえ、いえいえ」


実際のところは、皐月もまたこうして助太に触れられることで喜びを隠しきれずに、思わず顔を赤らめて微笑んでしまったのであった。

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