第2話 女官たちを、のぞく ~ 大胆な腕前

今回の任務は、敵方の女房の一人をお湯屋で始末せよという内容であった。

サジが助太に告げる。


「狙い易いのは…やはり、湯浴みの時だろうな」


「左様にござりますか」


「うむ。若い女官が大勢居る故、誘惑には負けるでないぞ?」


「承知つかまつりました」


方法は任されている。正面切って──というのは言葉のだが、正面切って後ろからざっくりと暗殺してもよいし、吹き矢や手裏剣といった飛び道具を用いてもよいし、何なら余計な敵さんまとめて大花火をぶち上げてもよいという。


もちろん、助太は使う方法をこれと決めている。

そう、『鋼指』による穴あけと、そこからの毒つき吹き矢による殺害だ。

清水が相棒として附いてくるのだが、嬉しくも悲しくもあった。それはとりもなおさず、彼はやはり『仕事』をする気満々だった一方、最近どうも可愛く思い始めた清水を意識してしまったからである。


☆ ☆ ☆


お湯屋の、裏通りをぐるっと囲む茂みの中に隠れながら、助太は標的を探した。幸いこの場所は忍びでもなければ入り込むことのかなわない、断崖絶壁の上辺である。一歩間違えれば真っ逆さまなので、念の為助太は命綱をつけておいた。今、湯室のちょうど上の階あたりに位置しており、清水が心配そうに部屋の外の隅でこちらを見おろしている。

大丈夫か、と手話で伝えてくると、助太もまた、大丈夫だ、と答えた。


するすると綱を伸ばし、湯室の階層へと下がってきた助太。

ちょうどよく、壁の真ん中あたりに通気口のような、さしずめ柵の如き穴が空いている。これなら秘術『鋼指』を使うまでもない。


安堵しつつ中を覗き込む。しかし、助太はまた謎の霧に悩まされることとなった。


(どうして毎度毎度こうなる…顔は判るからよいが、これでは『仕事』が出来んではないか)


女官たちの胸は──謎の霧のため、ふくよかとも、細身であるともわからない。助太が他の何よりも好みとしている太ももから上あたり、下腹部全体も、布で覆われていて物理的に見ることができない。


(これは、『のぞき』ではない! いや、そもそも『のぞき』とは何を意味し……)


と哲学的な自問自答を始めようとした瞬間、


「のぞきじゃッ! 誰かおらぬか!」


刹那、振り返った目標の顔が明らかとなる。同時に、霧が晴れかかる。

だが助太も腐っても忍者だ。そつなく、その首筋めがけて吹き矢を飛ばし、命中させる。

倒れ込む女性。


「忍びの仕業じゃッ! 誰かおらぬかッ! 狼藉ものじゃッ!」


鋭い女官の声。そして、護衛のどたどたという足音がすると同時に、やっと霧が消える──ような気がした。


(おおっ、あれが女体というものか…!)


見えたか見えなかったかまさにその時、しかし、助太は一瞬の誘惑に負けてしまった。「見えた気がした」、その意識にすべての注意が持っていかれてしまったのだ。しかし、せっかく任務を完遂できたのに、ここでしくじっては事だ。それに、護衛の勢力の足音が聞こえてくる。


「出てまいれッ」


再び先の女官が叫ぶ。

今動いてはまずいと判断した刹那、助太はあろうことか足をすべらせてしまう。

ずるっ、という滑る音が部屋に響いてしまった。


「皆の衆、外だッ、行けッ、参れッ」


護衛が雄叫びを上げる。

今、かろうじて命綱でぶら下がっている格好の助太。

ここで、彼の秘術其の二・『蛙飛び』を使うときがきた。


最初にこの術を使った──もとい、目覚めたのは、姉の湯浴み場面をのぞこうとして、湯室の外で立っていたときのことである。「何奴っ」という姉の声がした瞬間、助太に天から声がした。「飛べ」と。そして、彼は十尺(およそ3メートル)ほど跳躍し、湯室の屋根にすがりついて難を逃れたのである。


今回は少々アクロバティックな動きを要求された。まず、命綱を作用点として、ぶら下がっているところを蹴り、湯屋の上層階に百八十度回転して引っかかれば逃げおおせると助太は判断したのだ。


(…いけるか…?)


敵が崖に近づいてきた。今だ。


常軌を逸したその脚力で、彼は宙を舞った。

護衛のひとりが叫ぶ。


「い、居ない……いや、あの綱は何だッ」


だが、その時にはもう助太たちはお湯屋を背にして帰途についていた。


☆ ☆ ☆


忍の里、夕刻。

サジは黄昏ながら酒を片手に助太の帰りを待っていた。


「その顔を見るに、任務は果たしたのだろうな」


「はい。目標を殺害しました」


清水は無邪気に微笑んでいる。

ちなみに、彼女は相棒の助太が『仕事』をしたとは毛頭思っていない。湯浴み中か、その前後か、どちらにせよ標的を無事始末できたと喜んでいるだけなのだ。助太ののぞきは彼女から見れば崇高な『仕事』であり、『業』であり、『ライフワーク』なのだから。


「最近仕入れた格別の酒よ。これが甘みがあって最高でな。お前たちも飲んでみるか」


「かたじけないッ」


盃を受け取る二人。


「お湯屋での女房殺し、か…見たいものは見れたか?」


ぶふッ、と酒を吹き出す助太。

目を輝かせてサジに「どうですか、私の相棒は」と言わんばかりに主張する清水。


「み、見れ…」


「みれ?」


「ひ、標的は抹殺しましたが?」


「ならば見たのだな」


サジの目が光る。


「はい。のぞ…いえ、目視し、吹き矢にて毒殺いたしました」


「それでいい」


「は、はい……」


照れ隠しにでもと盃を無理やり口に持っていく助太。

二度、三度と酒を口に含む。


「ワシもそれでよいと思っている。自分の娘に欲情されるよりはましだからな」


再び、ブフォッと酒を吹き出してしまう助太。

清水も清水で、いったい何のことかとどぎまぎしながら、手頃な手拭きを見つけてきて助太の顔を拭いてやる。


「清水をしっかりと頼むぞ、助太」


「は、はいッ!」


「だが、ワシの大事な娘だ。覗いたら命はないと思えよ? ぐっははは」


そう言って笑うサジの目はすわったままである。


「あ、あはは…」


(こ、これは怖い)


かくして、今度も無事『任務』には成功し、『仕事』は出来ずじまいの助太だった。

そのままでいいのか、助太! のぞきは諦めるのか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る