第2話
「…!」
「取引をしよう。わしは狢じゃ。お主は今、兄様を殺めてしまって、それも大変な勘違いからそうしたことで、大変な心の痛みを感じておるはずじゃ。その痛みを取り去る代わりに」
間。
「……代わりに?」
「…お主の顔をいただく」
「!?」
「なに、不都合なことはおきぬ。日々の生活もこれまで通りじゃ。ただ、この契約をなした者は狢の一員となり、本当の狢としての顔を人に見せるとその者を殺めることができるようになる」
「………」
「言うなれば邪魔な者はいつでも殺せるというわけじゃ。お主をひっ捕らえようとしておる火付盗賊改であろうが、奉行であろうが…いや、上様であれ例外ではない。ただ」
「ただ」
「代償として、お主はお主という存在の肝ともいえる『顔』、つまり魂を私に渡すのじゃ」
「魂を…売り渡すというのか」
「そう難しく考えるでない。顔をなでるまではお主は普通の顔をしていられる。だが、一旦手でその顔をなでてしまえば、目も鼻も口もない、のっぺらぼうとなってしまい、それを見た者は死ぬ」
ここに来て初めて、女性は被り物を取った。女郎とは比べ物にならないほど愛らしく、麗しく、初々しい女性がそこに居た。
「なにか不審か?」
「い、いや…」
「当然じゃろう。こうやってお主に見せている顔は狢のときのわしではない」
「じゃあ、その顔は…?」
「わしが『頂いた』者たちのうちの一人の顔じゃよ。これがお気に入りで、よく『使って』おる」
そして見ていると、女性…いや、狢は蓋のしてある茶碗を差し出した。
「これはわしが拵えたものじゃ。これを食いさえすれば契は結べる」
言って蓋を開ける狢。
(なんだこれは…蕎麦じゃないか)
「そうじゃ。…どうする、食べるか、食べないか」
「……」
「お主を捕らえんとしておる者共はもうすぐそこまで迫っておるぞ。狢になれば邪魔者はすぐに消え失せよう」
俺は意を決して、茶碗を奪うように手に取り、近くに置いてあった箸で蕎麦をかきこんだ。
蕎麦はこの俺がひれ伏すような別格の仕上がりだった。狢は微笑んでいた。
☆☆☆
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