転生したら推しの犬だった件について
五菜みやみ
第1話
電気の消えている暗い部屋の中、薬尾健はテレビ画面を見て肩を震わせた。
「や……、やっと……、やっとこの時が……」
テレビ画面には、〈ルミリア・ルーフェ 攻略クリア! おめでとう!〉の文字が並び、エンディング曲と共にエピローグが流れ始める。
エピローグには今までのスチルが流れ、時には攻略キャラの声が流れだす。
健はコントローラを放り投げるように両手を高く突き上げた。
「ルミリアたん攻略だぁぁぁぁ!!」
攻略達成の喜びに雄叫びを上げると、隣りの部屋からドンッと力強く壁を叩く音が聞こえ、健は慌てて口元を抑えた。
上げた拍子に肩から落ちた薄い掛け布団を、もう一度頭まで引っ張って被ると、投げたゲーム機をコードを引っ張って手繰り寄せた。
「メイン攻略からニヶ月。隠しキャラであるルミリアたんのルートを見つけるまで一ヶ月半、そして何度もやり直し、夏休みに入って何度徹夜したことかっ……!」
正直、ここまでの道のりは辛かった。
「なんでこんな、ニヶ月も掛かる隠しキャラを設定したのか、制作会社に文句を言いたい不満を抱え……。遅くまで起きるなと家族に怒られ……。学校では授業で眠ってしまい、態度が悪いと居残る羽目になったことに鬱憤が溜まっていたが……」
ぶつぶつと今までの憂鬱を吐き出す健は、終盤のエンディングを向けたテレビ画面に、ルミリア・ルーフェが主人公と結婚式で指輪を交換するスチルを見て、肩を左右に揺らした。
「やっと、ルミリアたんを結婚させることに成功したぞッ……!」
かなりの時間を費やした分、健の達成感は爆発していた。
窓の外に浮かんでいる月に叫び出したいほど、喋っていないと気が狂ってしまいそうだ。
『愛しの令嬢』はエンディングを終え、スタート画面に切り替わると、今日のデータを保存するために日記帳のマークに矢印を合わせた。
完了する音が響き満足気に「うしっ」と拳を握り締める。
すると通知が届いた。画面にはメール機能が追加されている。
こんな設定があったのかと驚き、気になって手紙マークを選択すると、洒落た便箋に書かれたのは『愛しの令嬢』運営会社からの通知だった。
「ルミリア・ルーフェ攻略報酬?」
書かれていた報酬は主に二つだ。
一つ目が、ハードモードへの変更。
二つ目が、ルミリアの愛犬ゲティ。
なんだこれと口から出てしまうのは当然だと思う。
「一番は良いとして、二番は何だよ。ゲティのぬいぐるみでも届くのか? もっと詳しいこと書いてないのかよ」
二番を選択肢すると、画面は〈本当によろしいですか?〉としか現れず、愛犬ゲティが何なのか書かれていなかった。
ハードモードへの挑戦はゲーマーとして欲しい機能報酬だったが、二番がやたらと気にって仕方なかった健は、〈はい〉の選択肢で指先を動かしていた。
〈Loading〉の文字に切り替わった瞬間、ドクンッと心臓が激しく動きだし、突然の痛みに襲われた。
手を当てると、今度は強い目眩に襲われてその場に崩れる。
倒れた健は助けを呼ぼうと口を開いたが、掠れた声しか出せなかった。
(何だよこれ……。俺、死ぬのか? ゲームのやり過ぎで? ウソだろ。こんな死に方するくらいなら、徹夜なんてするんじゃなかった……)
睡魔のようにぼやけていく思考に、健は深い闇へと飲み込まれ、そのまま意識を手放した。
✽ ✽ ✽
無の世界から意識が浮上し、健は目を覚まそうとしていた。
うぅんと唸ったつもりが、口から漏れたのは「クゥン」とした弱々しい動物の鳴き声のようで、パチッと瞼を開ける。
(何だ今の鳴き声は……)
そう思うと、キャッと短い悲鳴が響いた。
振り向くと見上げるような視線で、メイド服を来た女性が俺を見ながら口を開けて固まっている。
「ワウワウ(お前、誰だ?)」
人の言葉で聞いたつもりが、言語になっていないことに自身でも驚愕して、手を喉に当てようとした瞬間、変な感触に気付いた。
今頃になって手が細く毛で覆われていることに気付き、姿形を確かめようと起き上がると、四足でしか立ち上がれず神経の違和感を覚える。
何がどうなっているのか自身のことなのに分からず、混乱している健を見ていたメイドが震えながら呟きだした。
「ゲ、ゲティ様が……ゲティ様が、目を覚まして……」
そう言い残して廊下へ引き返したメイドの雄叫びが部屋にまで響いた。
「お嬢さまぁぁ! ルミリアさまぁぁ!」
聞き慣れた名前に、健は「ワォォン(はぁぁあ?)」鳴き声を上げる。
そして遅ればせながら、メイドが呟いていた言葉と現状が結びついた。
メイドは健を見て「ゲティ様」と言った。
(まさか、ゲティって……。それって、つまり……)
もう一度手足を見る、そして腰を降ろして器用に片前足で顔を触ると指先の神経が変に短く、顔は鼻が長く飛び出していることに気付いた。
「ワウゥゥ(ウゾだろ)……」
周囲の部屋は薬尾健が使っていた狭い部屋とは違い、ベージュ色の壁には絵が飾られ、隅の台には花瓶や骨董品が置かれていることを認識する。
健は衝撃が走って身体を丸めた。そして前足で頭を抱えると、バタバタと廊下を走る複数人の足音に跳ね起きる。
そして部屋に現れた女性を見て、健はようやっと今陥っている事態を理解したのだった。
「ゲティ……!」
「ワンワンッ(ルミリアたん)……!」
本当にルミリアがいることが信じられず、そしてあまりの可愛いさに健は見惚れて固まっていると、十四歳のルミリアはヨタヨタとスリッパが脱げながらも健のもとへと駆け寄って来て、座っていた健を抱きしめた。
──そう、ゲティに転生した健をだ。
大好きな推しからの抱擁と、ゲームでは感じられなかった体温が伝染してきて、健はある種の戦慄が身体に走り、そうしてまた雄叫びを上げたのだった。
「ワンワンワォォ〜ン(愛犬ゲティってこれかよ〜)!」
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