霧島組と九条組

1-1-1



「待ってください」



「あの話はもう決まったんだよ」



「俺は反対と言ってるんです」



「お前も分かってるだろ?」



「…分かりたくないです」




もういいだろ、と振り返るのは俺の親父で、長い廊下には俺と親父の二人だけ。古い日本屋敷のここは極道一家の本家だ。



俺の親父は、霧島組 組長 霧島 玲(きりしま れい)

そして俺はその息子。




「……凪(なぎ)」




俺の名前を呼ぶ親父は眉間に皺を寄せながら、溜息を吐き出す。もう分かってくれ、と宥めるように。




俺だって納得して了承した訳ではないし、はい分かりましたと言えたらと思う。



毎度、二つ返事で分かりましたしか言わないのだから、譲りたくない事柄は反論くらいしても良いだろう。




けれどこのやり取りは無意味に近く、きっと俺に拒否権はない。




「何度か酒飲んだだろう」



「本性なんて分かりませんよ」



「お前はどう思ってるんだ」




堂々巡りの会話は、ある一家の話へと変わる。それは俺たち霧島組と五分の盃を交わしている、もう一つの組、九条組だ。




「一人は女たらしで、もう一人は単細胞…」




記憶の中で九条家、息子の双子を思い出す。ふと浮かんだ印象を口に出すと、やはり納得いかない気持ちが大きい。




「なんだ、良い所は一つも無しか?」




親父は口元を緩めながら呆れたように俺へと視線を向ける。呆れたような顔は、お前もちゃんと他にもあるだろ?と問われているようで、無意識に真一文字に結んだ口を少しだけ解いた。




悪い奴らではない。けれど事が事だけに文句を言いたくなる気持ちも理解して欲しい。




立ち止まる親父は俺と一定の距離を保たせながら、俺の答えを静かに待つ。気付かれないように小さく溜息をついた後、仕方なく思考を巡らせる。




「頭が切れる所と…もう一人は、お人好しですかね…」



「よく見てるじゃないか」



「…見てないです」




納得出来ていない気持ちと、認めたくない気持ちが入り交じって咄嗟に否定する。いくら考えても親父から何を言われても無理なものは無理だ。




親父は縁側の硝子張りの向こう側、日本庭園へと視線を滑らせた。




マメに手入れされた庭は青々とした木々が植えられていて、遠くの方には小さな池もある。鳥のさえずりが耳朶に届いた時、親父は庭から俺へと揺らぎない瞳でジッと見つめる。




それは父親ではなく組長としての威厳ある目で、俺は静かに顎を引いた。




「必要になる時が来る。だから九条の倅にも関わらせたいと思ってる。‘あの子’の為にも、それにお前の為でもある」




─────俺の為…?



どうしてそこに“俺の為”なんて言葉が出てくるんだ。




押し黙った俺に親父は了承と捉えたのか、踵を返して廊下の角を曲がって行ってしまった。呼び止めようとも思ったが、どうせ同じ事の繰り返しになると渋々見送った。




一人、廊下に取り残された俺は頭をガシガシと雑に掻いて、思わず舌打ちが出そうになるのを堪える。




親父が組長として決めた事だ。それを俺が今更 覆す事はもう無理だろう。それでも納得出来ない気持ちを何処にぶつけたら良いかも分からない。




さっきまで親父が見ていた庭園に視線を投げていると、後ろから静か足音が聞こえてきた。




若頭カシラ。」




そう呼ぶのは俺のもう一つの呼び名で、聞き馴染みの声に振り向くと、俺と同じく何も染められていない真っ黒な髪をした男を確認する。




「蓮(れん)、その呼び方はやめろ」



「すみません凪さん。組長との会話が聞こえていましたので、つい」




髪色と同じ真っ黒なスーツをカチッと着こなす男は、俺の側近である 伊吹 蓮(いぶき れん)。




俺より数年ほど年上なのに俺が若頭であることから敬語で話し、そして当たり前のように俺に頭を下げる。




こいつとは付き合いも長いのに一々律儀だなと思いつつ、親父との会話を聞かれていた事に少々腹が立つ。




蓮は眉尻を少し下げながら柔和な表情をする。俺の気持ちは分かってますと言いたげな顔。



あぁ、もう分かってるよ。




「向こうの若頭とは話されましたか?」




向こう……とは九条組の双子のことを言っているのだろう。



あいつらも俺と同じ若頭で、双子の兄は若頭、弟は若頭補佐。と言っても二人で若頭みたいなものだから脳内で纏めておく。




「いや、披露目の話が出てから話してない」




と言うより敢えて俺から話すことは無い。事実、俺は納得いっていない最中で、それをあいつらに話すとまた色々と面倒臭いことを言われるだろう。




親父に話したあの女たらしと、単細胞という言葉をそれぞれに当てはめる。




「凪さんの気持ちは分かりますけどね」




お前に同意されても意味が無い。組のトップである親父に駄目と言われたら、もうそれは覆らないのだから。




「九条家の若頭なら大丈夫ですよ」



「お前はどっちの味方なんだ」




凪さんです、と即答され宥めるような言い方。それはそれで気に入らない。




‘あいつ’のことは、俺だけで守ってやれる、俺だけで何とかしてやれる。




大事な人はこれからもずっと俺一人だけで十分なのに。心の中で留める思いは誰にも届かないし、他人に言うつもりもない。




俺の気持ちとは裏腹に外は楽しそうな鳥のさえずりだけが聞こえた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る