第3話 ※3人称視点
時は少し遡るファスズ平原にてソレイユ傭兵団に打倒されたソウウ領軍はソレイユ軍が駆け抜けていった後戦場の後始末に追われていた。
打倒された従士は双方合わせて35人、ソレイユ傭兵団の5名はともかく敵対したソウウ軍の従士30名も全滅しており、傭兵とは違い、領主に雇われた従士の死体は丁寧に埋葬せねばならないし、彼等の死体を片付けなければ疫病の元となる。
さらにソウウ領軍は軍団長であったストーン・フォールズ器士長を失っており、敵の器士を討ち取る為にさらに一人の器士であるカツを失っている。
唯一の救いは開戦当初に馬から叩き落とされた若い器士ライコが軽傷で済んだということだろう。
止めを刺す余裕もなく走り去った為、軽傷で済み彼の命が奪われることはなかった、もしライコまで撃たれていたならソウウ領は勝ったにも関わらず他領から侵略を受けることになっていただろう。
器士を一人失うとは領地持ち貴族であってもそれほどの大損害なのだ。
そんなファスズ平原において現在問題となっているのはソレイユ傭兵団の見捨てられた器士の扱いであった。
従士30人で取り囲み、器士カツが命がけで深手を負わせたその器士は不敵な笑みを浮かべ木に背を預けてソウウ軍団を見つめていた。
ソウウ軍団からすれば目の前の男は自分たちが敬愛しているストーン器士長を殺した男の仲間であり、性格には難があるとはいえ、同じ器士であるカツを殺した男である、できることなら苦しめて止めを刺してしてやりたいという思いがあるのは当然だ。
だが彼らがギリギリのところで手を出すのは留まっていたのは目の前の死にかけの男を恐れているからだ。
死にかけにもかかわらず近づけば道ずれにして殺す、そんな覇気を纏っている男に対して既に勝ち戦が決まり、時間が経てば勝手に死ぬ相手に挑もうとする者は誰もいなかった。
ただ一人を除いて
「どうしてあの男を今すぐ殺そうとしないのですか!」
そう言ったのは落馬し気を失っていたライコであった。
彼は苛立っていた尊敬していた先輩器士の仇に器士長と共に挑む名誉と共に仇を討てると思い挑んだのに一合も武器を合わせることなく一蹴され、無防備に寝ていたのに、首を取る価値無しと放置され(ライコ視点)目を覚ませば器士長は自分が不甲斐ないばかりに討ち取られ(ライコ視点)自分に対する怒り、器士長を討たれた怒り、その行き場のない怒りを向けるには都合のいい相手が目の前で死にかけで座り込んでいる。
「どうして誰もあの男の首を取ろうとしないのですか、あの男は団長の仇でカツの仇なのですよ!」
ライコは目の前で尻ごみしている他の器士に怒声を浴びせる、だが誰も彼と目線を合わせようとはせずに下を向くだけだった。
「誰も行かないというなら私が一人でも行きます!」
「止めなさい、その器士への非礼は私が許しません」
ライコが心器を構え一歩踏み出そうとするがそんな彼に対して決して大きな声ではないがよく通る声がかけられる
ライコにはこの声に聞き覚えがある、何故なら自分たちの上司にあたる人間なのだから……
「彼は誇り高き器士です、彼を辱めるような真似は許しません」
戦場へと現れたのはソウウ領軍師であるブンワと呼ばれる男であった眼鏡をかけて線の細い男が、その男は器士ではない、ただその類稀なる知略でソウウ領ナンバーツーとなり、器士団団長であるストーンよりも上位の地位についていた。
「ストーン器士長は彼はそのような行為を望まないでしょう、それに彼の命は高く売れます、さらに言えば今後のことを考えればここで貴方達の感情のままに彼に挑ませて死なせることはソウウ様の軍師として認めることはできません」
ブンワは冷静に彼等を宥めようとするが器士達は、いや、ライコはその命令に対して反発心が芽生えた普段から戦場に出ず命令だけする彼についてよく思っていなかったというのもあるし、死にかけのこの男に挑めば自分が死ぬと言われていると戦場に出たことがない男に自分と死にかけの男を格付けし下に見られた事が気に入らない。
今のライコは冷静ではなく、普段なら受け入れられる命令も受け入れられずにいた。
「ふざけるな!貴様はいつも後方から指示を出しているだけで器士のことなどわからないだろう!ストーン団長のことも駒の一つくらいしか思っていないくせに!お前に俺達の感情など理解できないだろうな!」
ライコにとって器士団長の子供は尊敬する先輩であり、兄のように優しく見守ってくれた相手だった。
ストーン団長は尊敬できる器士であり、父のように優しくしてくれた相手であった。
そんな二人を同じ相手に打ち取られた自分の憤りがブンワには分からないのだと決めつけていた。
「私にとってもストーン殿は友であった…彼の子供が討たれた時は共に朝まで飲み明かした、今とて彼が討たれたことに深い悲しみを抱いている、だが彼はストーンはそんなことを望む男だったか?私にはそうは思えないむしろ力及ばず死にソウウ様に貢献することが出来なくなったことを悔やみ、この領の未来を憂いているのではないかと思うがね?」
ブンワの言葉にライコは何も反論できなかった。
確かに器士2人従士30人を一度に失った、さらに結果的に勝ちはしたがその勝ちまでに多くの傭兵が犠牲になり今後傭兵との契約も難しくなるだろう。
目の前の器士が金になるというのならその方が良いのは誰にだってライコには分かっているのだ、分かっていても受け入れられないこともあるのだ……
「ライコ受け入れなさい、それともソウウ様の収めるこの領を避けられる戦乱に巻き込むつもりですか!」
止められているうちにライコは少しずつだが冷静になってきていた、そして自分が今言っていることがまるで子供のわがままだということも客観視する余裕もできてきた
それでも、ライコは認め難い事だったがストーン様なら、そして自分が兄と慕っていた彼ならどうするのか考えてしまった……
「……わかりました」
ライコはそれだけ言うとラクトに背を向けて馬に乗るとそのまま城へと向かう。
このままその場にいれば感情がコントロールできなくなりそうだったからだ。
ライコがいなくなると一人また一人と器士達は自分の愛馬に乗りこの場を離れる。
残ったのはブンワとラクトの二人であった。
「やれやれ非力な私だけ残していなくなるなんて薄情な人たちです」
ブンワはそう言いながらラクトへと近づく、その時にはラクトはすっかり心器を収納し力を抜いて木に体を預けていた。
「だけではないだろう?そこの木の陰に隠れているのだから、そいつがいれば問題ないでしょう?」
ラクトの言葉にブンワは驚き、やはり器士達を仕向けるべきではなかったと確信した、ライコは確かに感情的になりやすい部分はあるがまだ若く見どころのある器士だ、仮に殺されなかったとしても腕の一本でも失うことがあれば……
「あなたの判断は間違っていませんよ、私達西の器士は心臓が止まるその時まで敵を殺すようにそう本能に根付いていますからね、もし私の首を取りに来ていれば命が尽きるその時まで抵抗したでしょうね」
とても死にかけとは思えない獰猛な笑みを浮かべてブンワに話しかける。
そのあまりの恐ろしさにブンワは一歩下がり、身を隠していたブンワの護衛が思わず飛び出してくるほどの殺気であった。
「うちの団長は私の死体を故郷に戻すために高い金を払って私の死体を引き取りに来るでしょう、こう見えても団長とは仲がよかったのでね、悪くない額を引き出せると思いますよ…さすがに疲れましたね、貴方なら賢明な判断をしてくれると信じてますよ」
その言葉を最後にラクトの命の火は消える、とても心臓を槍で破壊された人間とは思えないほどの生命力と落ち着きのある最後であった。
「……西の器士とはこれほどの傑物ばかりなのでしょうか…だとしたら恐ろしすぎますね……」
「傭兵団等という立場にいる以上彼等は器士の中でも落ちこぼれということなのでしょうか?だとしたら彼は西の器士の中でも下位の存在ということでしょうか…」
ブンワは自分の護衛器士の言葉に首を左右に振って否定する
「恐らくですがそんなことはない、と思いたいですがね昔から西の国からは定期的に実力者がスパイとしてこの国に送り込まれているという噂がありますし、彼らがその実力者である思われます、彼の死体も西側との交易ルートで本国に帰るんでしょうね」
ブンワの言葉に護衛の器士はそのルートや西側からの侵入者を消さなくていいのかと言葉には出さずに尋ねる
だがブンワも声には出さずに首を左右に振って答える。
「正直西側については分からないことが多いですが西側の国々が東側に対して侵略してくる気があるとは思えないんですよね、むしろ私たちは比較的西側の国と近い場所にいます、何かあった時の為にも西側とのルートは残しておきたいですから、彼等には恩を売っておきたいところだね」
「では丁寧に彼の遺体を抱えて領都に向かいましょう、器士として私も彼に敬意を抱いておりますので彼のことはお任せください」
護衛の器士はブンワに頭を下げると、まるで宝物であるかのように敵であった器士の遺体を持ち上げる、その姿を確認したブンワは馬に乗ると領都へと向けて馬を走らせるのだ、これからのソウウ領をどう守るかに頭を悩ませながら。
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