第15話 デイジー亭にて、疲れた心を休めて

「いらっしゃいませ、リンナ嬢にネーラ様! これは珍しいお客様……おや、その方は?」


 宿のオーナーはコロコロと太った愛嬌あいきょうのある中年男性。

 分厚いエプロンをつけ、陽気に迎えてくれる。


(なかなか効率的な接客だな......)


 リンナが笑顔で手を振った。


「ハルキっていうんだ。異世界から来たらしいよ。お部屋、二つ用意できるかな?」


「もちろんさ。二階の一番奥と、その隣を使うといい。ゆっくり休んでいってよ!」


 《デイジー亭》と彫られた木の看板を見上げる。

 外観は小さいが、中は意外に広く、魔法ランプが柔らかな光を放っていた。


「ご主人、この宿のコスパ、かなり良好ですよ!」

 ジプトが小声で話しかけてくる。

「魔力効率も良好、セキュリティも......あれ? ご主人、大丈夫ですか?」


 階段を上がる途中、俺は手すりにしがみつく。


「くっ......パフォーマンス、落ちてるな......」


「ハルキ、また社畜っぽい言葉! でも、今は無理しないでね」


 リンナが支えてくれるが、生産性の低下を申し訳なく思う。

 ネーラはめ息をつきながら、振り返る。


「体力ないわね……でも、さっきの時間異常で疲労が増したのかも。休養を取るのも立派な判断よ」


 なんだかんだ言いながらも、二人とも気遣ってくれるのがありがたい。

 部屋に入ると、木製のベッドと小さな机があり、質素ながら清潔感がある。

 ふかふかの寝具しんぐが、疲れた体を誘う。


「私たちは先に湯浴ゆあみを借りるわ。……まさかのぞく気はないでしょうね?」


 ネーラが湯浴みぬのを手に、鋭い視線を向ける。


「しねえよ……元気ないし、そこまで元気だったら逆に褒めてくれ」


 リンナが吹き出して笑う。

 二人が出て行くと、ジプトが画面を暗めて囁く。


「システム負荷は安定してますが、休息推奨です......って、ご主人?」


「ああ、妹のこと考えてた......」


(のんびりしてる場合じゃないが......今は体力回復が最優先タスクだ)


 コンコンとノックの音。


「ハルキ、リンナだけど……入っていい?」


「どうぞー」


 ドアが開き、リンナが少し湿った髪を拭きながら入ってくる。

 その後ろでネーラがタオルを抱えつつ、警戒心むき出しの顔でちらりと覗いている。


「やっぱりお風呂覗きに来なかったね? 残念だなあ」


 リンナがからかい気味にウインクする。


「俺、そんな元気ないって……。それより、二人ともすっきりした顔してるな」


 ネーラはツンとした声で言う。


「湯上がりで温まっただけよ。……あなたも少し入ってきたら? 体が軽くなるかも」


「そうしようかな。……あ、リンナ、さっきはありがとな。フォローしてくれて」


「いいって。アタシが気まぐれにサポートしただけだもん」


 リンナはどこか照れくさそうに鼻をこする。

 その仕草が子供っぽくて、思わず和む。

 ネーラは宿の窓から外を見下ろし、真剣な表情になる。


「この街でも時間異常が起きてる。ハルキの石が反応してるのは確かだし、早めに原因を探らないと落ち着けないわね」


「……でも焦っても、体が持たない。今は休むのが先決か」


 俺がベッドに横になると、リンナがクスクス笑った。


「そっかそっか。じゃあアタシたちは先に1階でご飯食べてくるけど、ハルキは無理しないでね。あとで合流しよ!」


「ゆっくり休みなさい。倒れられたら私たちも困るし」


 ネーラは冷ややかな言葉ながら、気遣いも滲ませつつ部屋を出て行った。

 ドアが閉まると、ふうっと息がれる。


(妹を考えると胸が痛むし、こっちでの騒動も見過ごせない。時間魔法の秘密を解き明かせれば、妹を救うためのヒントが見つかるかもしれないしな……)


 脳裏にリンナの笑顔、ネーラのツンとした横顔が浮かぶ。

 そして妹の姿が重なる。

 心がチクチクする罪悪感と、この世界での充足感が入り混じって、何とも言えない気持ちだ。


「まあ……今は休もう。死んだら元も子もねえからな……」


 枕に頭を沈めると、心地よい眠気が一気に押し寄せる。

 ジプトが小さく「おやすみ……」と呟いたのを最後に、俺は深い眠りに落ちていった。

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