第92話 聖女
ぼくたちは、公爵邸に来ていた。
喋り方で、文句を言われるのもイヤなので、最初は断った。
でも、ぜんぜん気にしないと言う。
「その程度で気にしていたら、上級の冒険者とは、話もできんよ」
そういって、公爵は、笑っていた。
その上、オネエ商会長にも、頼まれたからね。
しぶしぶ招待を受けたんだ。
「君たちが暗黒大陸出身と聞いてね。
少しでも、情報を得られたらと思ったのだよ」
公爵は、悲痛な表情で、語り始めた。
広くて、ゴージャスな応接室だった。
趣味のよい調度品が、さりげなく置かれている。
この部屋には、公爵の娘も来ていた。
王都の魔法学園の学生らしい。
なぜか。この娘には、見覚えがあった。
でも、会ったことがあるはずはない。
デジャブってわけでもないだろう。
なんとも、不思議な気持ちだった。
「私には、もうひとり娘がいるんだが。
その娘が、少し前から、行方不明になっていてね。
毎日毎日、必死で探していたんだ。
でも、ようやく、行方がわかったんだ」
「これは、シュウくんたちのお陰なのよ」
__どういうこと?
「この間、帝国の連中を捕縛したでしょう。
あの中に、『帝国の魔女』って呼ばれてる女がいたんだけど。
彼女が、教えてくれたのよ。
『その子なら、帝国で見た』って」
__
「その子と、帝国の捕虜を、交換できないの?」
アネットが尋ねた。
捕虜交換は、よくある話だ。
「我々も、それを考えた。
でも、できないことがわかったのだよ」
「どうしてですか?」
「娘は、船に乗せられていたらしいんだ。
暗黒大陸に向かった最新鋭艦にね」
__そうか!
わかったぞ。
ぼくは、公爵の隣に座る娘を見た。
見覚えがあるはずだ。
こっちの大陸に来る時に、帝国の飛空艇とすれ違った。
その時、窓から、ぼくを見ている少女がいた。
もちろん、こっちは、隠蔽状態。
ありえないことだけどね。
その少女が、そっくりなんだ。
公爵の隣に座っている娘に。
「シュウくんは、うちの娘に、見覚えがあるのではないのかね?」
いきなり、核心を突かれた。
「なぜ、そう思った?」
「先程から、娘を見て、不思議そうな顔をしていたからね。
最初は、うちの娘に、見とれているのかと思ったのだが。
君の美しい婚約者たちを見れば、それはないとわかる」
ここで、隣の娘が、父親の足をふんずけた。
公爵は、平成を
「君は、こちらの大陸に渡ってくる時に。
さらわれた娘を、見かけたのではないのかね?」
「それは、オレたちが、帝国に通じているってことか?」
「まさか。そんなはずはないだろう。
四天王を三人も倒して、捕縛してくれたんだからね。
通じているのなら、彼らを逃していたはずだ」
「ソレも含めて、オレが帝国に通じている可能性は?」
「ありえないわね。その程度の連中じゃないのよ。
四天王なんて、ふざけた呼び名だけど。
彼らは、じっさいに、帝国の中枢だからね」
「中枢? あれが?」
思わず、首をかしげた。
帝国って、人材不足なの?
「たしかに、今回、彼らにも油断があったわ。
『剣聖』なんて、自滅しただけだったし。
でも、いままで、ほんとうにやられっぱなしだったのよ。
時々、遊びに来るようにやってきて、すき放題やって帰っていったわ」
__もしかして
そのせいで、砦も辺境の街も、木造の建物がなかったのかな?
商会長は、続けて言った。
「でもね。シュウくんたちが、異常なのよ。
あんな強固な結界なんて見たこともないし。
小型とはいえ、飛空艇を、簡単に叩き落とすなんてありえない。
それで、連中も、力を発揮する前に、やられちゃったわけ」
ルリとヒスイが、うれしそうにうなずいている。
やっぱり、他人に褒められるとうれしいのかな?
「なるほどな」
__しかたがない
「黒い船の窓から、外を見ている女の子がいたんだ。
それが、その子とそっくりだった。
見たのは、ほんのいっしゅんだけ。
だから、ソレ以上のことは、わからない」
「念のため、言っておきますが。
向こうの大陸では、空は、魔物の領域です。
ですから、飛空艇で飛ぶなんて、ぜったいにありえません」
「そうだよね。魔物に撃墜されるだけだもんね」
妙な期待を持たせないためだろうか。
ふたりは、向こうの大陸の現実を、はっきりと告げた。
「実際に、あの黒い船も、落とされたんだろう?
もう、何日もたっている。
はっきり言って、生きている可能性は低いんじゃないのか?」
「いいえ。姉さまは、生きています。
ぜったいに、間違いありません」
公爵も、オネエ商会長も、とうぜんのようにうなずいた。
__どういうことだろう?
揃いも揃って、自信満々なようすなのは。
「なるほど。そういうことでしたか」
ソフィアは、気づいたらしい。
アネットも、続けて言った。
「私もわかったよ。あなたのお姉さまは、『聖女』なんだね」
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