岩崎さん

坂代さかしろさん、レジ交代します」


「あぁ、お願いね」


 レジ横の棚からお茶を持ち出し、坂代さんは何食わぬ顔でバックヤードの方へと消えていった。やや乱雑にまとめられたポリ袋の束が目立つ。やはり、さっきのお婆さんとのやり取りでストレスが溜まっていたのだろうか。

 レジスターに従業員番号を打ち込み、早めに登録を済ませる。すると、買い物かごを持った男性が誠の方へと近づいてきた。男性は慣れた手つきでポイントカードを誠に渡してきた。


「いらっしゃいませ。お預かりいたします」


 レジスターにカードを通し、情報を読み込む。


「いつもご利用ありがとうございます」


 感謝の言葉を添えて、男性にカードを返す。誠のすぐ横に買い物かごが置かれる。かごの中から商品を取り出し、1つ1つ丁寧に打ち出す。二重スキャンはないか、打ち忘れはないか、しっかりと確認しながら。


「レジ袋はご利用なさいますか?」


「いえ、結構です」


 スマートフォンをいじりながら、男性がそう返事をする。


「失礼いたしました」


 商品を打ち終え、レジスターに会計が表示される。


「お待たせいたしました。お会計2056円になります」


 男性が携帯の支払用バーコードを提示する。誠がそれをスキャナーで読み込むと、ピコン、という音が響き渡った。レジスターが震えながら、レシートを排出する。


「お待たせいたしました。レシートのお返しです」


 そう言いながら、誠は男性にレシートを渡した。男性は奥のサッカー台の方へと立ち去っていった。


「ありがとうございます。またお越しくださいませ」

 

 基本はこの繰り返しだ。いつも通りのフレーズを言い、そしてお客さんの要望をしっかりと聞き入れる。

 大丈夫、出来てる。レジで一番大切なのは、自信を持つことだ。誠はそう思いつつ、自分自身を鼓舞こぶした。


 ……レジスターには、13時25分の表示が出ている。やはり、レジは品出しよりも時間が長く感じる。とりあえず、お客さんの行列は落ち着いたようだ。サブの力も借りながら、誠は順調に仕事をこなしていた。すると、見覚えのある顔が誠の方へと近づいてきた。

 岩崎いわさきさんだ。先ほど、電車で米山よねやまさんと話題にしていたが、まさか今日も来店してくるとは。


「いらっしゃいませ」

 

 さっきまでと同じように、誠は挨拶をした。


「お願いします」


 すると、岩崎さんは白のハンカチと線香を1つずつ、こちらに差し出してきた。


「お預かりいたします。ポイントカードはお持ちでしょうか?」


「いえ、ないです」


「失礼いたしました。こちらはシールでよろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です」


「かしこまりました」


 淡々と定型的な会話を進めていく。岩崎さんの口調には礼儀正しさと優しさが感じられる。商品を打ち終え、レジスターに会計が表示される。


「お待たせいたしました。お会計2580円になります」


 金額を伝えると、岩崎さんは財布を取り出して2600円をトレーの上に置いた。


「では、2600円お預かりいたします」


 レジスターにお金を投入し、お釣りが排出される。


「お待たせいたしました。20円とレシートのお返しです」


 岩崎さんの手のひらに10円玉二枚とレシートを置く。すると、またもや岩崎さんは怪訝けげんな表情を浮かべていた。


「お兄さん、これって10円玉だよな?」


「えっ、はい、そうですが」


「そうか……。ごめんな、変なことを聞いて」


「いえ……」


 シールの貼られたハンカチと線香を手に取り、岩崎さんはその場を去っていった。

 誠は疑念を抱いていた。なぜ、10のだろう。そんなの、見ればすぐわかることなのに。岩崎さんの言動が、どうも不自然に思えてしまう。それに、去り際のあの表情……。誠の眼には、岩崎さんはどこか悲しそうな顔をしているように見えた。

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