暗雲
「すみません、電球はどこにありますか?」
「電球ですね。案内いたします」
笑顔を装い、お客さんを売り場まで案内する。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「はい! 御親切にありがとうございます」
「いえいえ」
そう言うと、帽子をかぶったおじさんは膝を屈しながら目的の商品を探しはじめた。
キノシタドラッグはあくまでもドラッグストアであり、薬剤やおむつなどをメインに販売している。しかし、昨今ではドラッグストアのスーパーマーケット化が進み、ここでも多方面の商品を取り扱うようになってきた。洗剤や家具のような日用品に加え、最近ではお肉やお魚といった食材も売り場に並ぶようになってきた。レジをしていても、薬よりもそういった商品を購入する人の方が多い。ドラッグストアは今、変革期を迎えているのかもしれない。
とは言っても、僕らの仕事は変わらない。新しい商品が入荷されたのなら、その商品の売り場を確保してポップを作成し、売り場に並べる。今はまさにその仕事中だ。「くっつくホッカイロ」という新商品を売り出すため、エンドの作成に取り組んでいる。エンドは、買い物をしに来たお客さんが一番に目をとめる場所であるため、完成した構図を考慮しつつ作業を進めていかなければならない。けれど、くっつくホッカイロか……。粘着力が強すぎて離れなかったりしないのだろうか。誠の中に小さな好奇心が湧き出た。
左手を前に出し、時計を確認する。現在は12時45分。あと10分したら、自分のレジの番である。レジの仕事は基本5分前行動だ。12時55分までには向かわなければならない。売り場の高さを調整しつつ、てきぱきと新商品を並べていく。すると、レジの方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから商品券を利用したいって言ってるでしょ? どうしてできないのよ」
「申し訳ございません。当店ではその商品券は対象外でして……」
「どうしてよ。商品券が利用できないだなんて、嘘はやめて頂戴。今日はお金がないの。後ろで他のお客さんも待っているんだから、早くして」
「ですから……!」
またあの人か。うちの常連さんの一人であり、大きなカートを持ったお婆さん。腰が悪いのか歩くスピードが遅く、夜番の時は閉店後も店に残っていることもよくあった。そのうえ、レジの人に対してしょっちゅう文句を言ってくるため、他の社員さんたちも迷惑を被っている。店長さんも何度か彼女に注意をしたようだが、その態様は相変わらずのようだ。レジの
誠は作業を中断し、二人の方へと駆け寄った。が、すぐに足を止めた。どうやら店長さんがフォローに入ったようだ。
「お客様、どうなさいましたか?」
「あぁ、店長さん。この商品券を利用したいんだけど」
「大変申し訳ございません、お客様。当店ではその商品券はご利用できませんので、他の方法でお支払いいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「そうなのね。店長さんが言うなら間違いないわ。じゃあ、ここに商品を置いていってもよろしいかしら。自宅から財布を取ってくるから」
「……かしこまりました」
そう言い残し、お婆ちゃんは不機嫌そうにゆっくりと店を去っていった。店長さんは商品の乗ったカートをレジ脇に置き、坂代さんに声をかけてすぐさま倉庫の方へ消えていった。誠は店長の対応の早さに感服していた。
店長さんはトラブルが起こるたび、まるでセンサーでもついているかのようにすぐ駆けつけてくれる。そのため、何か問題が起きても、それが悪化することはまずない。まさに、理想の上司像といえる。もっとも、僕と同じく、そんな完璧すぎる店長さんが少し苦手だと思う人もいるようだが。
それにしても、あのお婆さんは自分勝手すぎる。買い物に行くなら普通、財布ぐらい携帯しているものだろう。それに商品を置いておけだなんて、あまりにも
憤りを抑えた後、誠は再び時間を確認した。気づけば時間は12時50分を過ぎていた。ハッと我に返り、誠は再び仕事に取り掛かった。エンドに商品を置き終え、台車をバックヤードへ片付ける。冷蔵庫から飲み物を取り出し、誠は冷たくなった水を何度か口に含んだ。
さっきのお婆さんは「財布を取りに行く」と言っていた。つまり、僕の時に来る可能性もあるということか……。行き場のない憂鬱感が誠を襲う。
いや、違うか。僕はただ誠実に仕事をこなせばいいだけだ。相手が誰だろうと、いつも通りレジをするだけ。一度始めてしまえば、そこからの流れは掴める。不安を振り払い、誠は寒気を全身に取り込んだ。
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