第41話 貴族部隊壊滅
グリプニス王国軍がエルダーミストの森に侵攻を開始する前から、ゲッターたちは相手を監視下に置いていた。
森に火を付けた王子直属部隊の強さはさすがと思わされたが、貴族部隊の弱さにも驚かされていた。
何の警戒もせずに木を切り始めたのには、さすがに頭にきたのですぐに邪魔をした。
その後は警戒しながら木を切るようになったが、そもそも協力し合う気がないのか、全然連携を取る様子が見られなかった。
もっと上手く見張りを置けば、より効率よく木を切れるだろうにと、監視をする者たちがみんな言っていた。
そのうちに50人ほどの部隊が単独で森に入ってきた。
多少冒険者としての経験はあるようだったが、エルダーミストの森は初めてのようであっさり罠にかかった。
さすがに50人以上全員をひっかける罠は作れなかったので、なんとか罠を逃れた兵が何人かいたが「私の初陣をこんなことで汚されてなるものか」と元気よく騒いでいた兵をカプルが倒したら他の兵も静かになった。
このうるさい兵が貴族と聞いて、エルダーミスト連合の一同は貴族部隊に連れてこられた兵隊たちがかわいそうになったのであった。
そうこうしていると王子直属部隊がモンスターたちの縄張りに入ったようで、イビルベアーたちの襲撃にあったとの報告が入った。
ただ王子直属部隊は被害を広げることなく、秩序を保って退却したらしく、余計な抵抗がなかったことから森のモンスターたちの被害も少なかったのでいい結果に終わったと言えた。
「これで全軍退却してくれ」とゲッターは祈ったがその願いは通じなかったようで数日後貴族部隊は進軍を開始した。
前線基地であるアトラ村には、エルダーミスト連合の精鋭たちが集まり、ゲッターからの号令を待っている状況であった。
ゲッターは出撃前にカプルを執務室に呼ぶと一振りの剣を渡した。
「これは?」とカプルが尋ねるとなぜかゲッターは照れ臭そうにして「カプルが私よりも強くなったお祝いだ」と言った。
「ヴェルデリオンからミスリルの鉱石を貰えたんだ。量が足りなくて完全ミスリル製ではないけど、鉄との合金にしたから手入れはこの方が楽だと思う。ミスリルは魔力との親和性が高いから魔力が高いカプルとは相性のいい武器になると思うよ」とゲッターが説明するとカプルは剣を構えた。
カプルが剣に魔力を込めると、剣は薄く光を放った。
「なんかすごく手に馴染む感じがする」とカプルが言ったのでゲッターはうれしくなり「それは良かった」と笑顔で答えた。
「ゲッター。俺この剣を大事にするよ」とカプルが言うので「カプル。この剣は相手を倒すためではなく、みんなを守るため、エルダーミストの守護者としての剣なんだ。それを忘れないでくれ」とゲッターは頼んだ。
カプルは力強く「わかったよ。俺がエルダーミストを守る!」と宣言した。
先に捕虜としたカリスト子爵によると貴族部隊をまとめているのはダスクレイヴ男爵という人物で、他に3人の有力な貴族が従っているとのことだった。
まずはそのまとめている貴族たちを見極めなくてはならなかったがすぐに見つかった。
貴族たちは森の中だと言うのに馬で移動していたからである。
セリクス子爵に限っては馬に乗れないからか輿を用意してそれに乗っていた。
ゲッターは「森を歩くのがそんなに嫌なら攻めてこなくていいのに」と思わずにいられなかった。
貴族部隊を森に引き込むことができたし、主力の位置もわかったので、ゲッターは攻撃することにした。
ゼルカンの部隊を攻撃した時と同じように、弓と煙を使い敵の部隊を罠の仕掛けてある場所へ誘導していく。
その際に敵の主力だけ孤立するようにした。
ゼルカンの部隊はこの作戦でも、人数に差があったためかなかなか瓦解しなかったが、貴族部隊はあっさり混乱に陥って敗走を始めた。
しかも狙い通りに罠の仕掛けてある場所へ逃げてくれるので、雪だるま式に怪我人を増やしていった。
ダスクレイヴ男爵たちのいる主力部隊だけはなんとか瓦解だけはせずにいたが、ゲッターたちの作戦通りにエルダーミスト連合の主力部隊の前に誘き出されていた。
カプルはダスクレイヴ男爵を見つけると「ダスクレイヴ男爵だな!潔く降参しろ!」と叫んだ。
カプルの姿を見てダスクレイヴ以外の貴族たちが慌てて逃げていく。
すでに半包囲されているので彼らもすぐに捕まるだろう。
ダスクレイヴ男爵も逃げたいのだろうが踏み止まると、護衛の兵士に命じてカプルを攻撃してきた。
いずれも手練の兵士だろうが、今のカプルの敵ではなかった。剣を撃ち合うことすらなく一撃で切り伏せていく。カプルのすぐ後ろには彼の背を守るようにアッグが目を光らせる。
2人のゴブリンであったがその見事な連携から一匹の強大なモンスターのようにダスクレイヴには感じられた。
護衛の兵士が全て倒されもはや自分の周囲には誰もいないことに気づくと、ダスクレイヴは「私と一騎討ちをしろ!そして私が勝ったならば私だけは無事に逃げられることを保障しろ!」とカプルに叫んだ。
カプルには何のメリットもない一方的な要求であったが「わかった」と言ってカプルはこの一騎討ちを受けてアッグを下がらせた。
カプルは万が一にも負けるつもりはなかったが、ダスクレイヴはまだまだツキはあると感じていた。
今目の前で護衛の兵士を全て倒されたにも関わらず、ダスクレイヴは自分が騎兵のため馬上から攻撃できること、ここまで来ても相手がゴブリンであるという侮りから、自分が勝てると思ってしまった。
ダスクレイヴは持っていた槍を構えると「喰らえ!」と叫びながら馬を突進させた。
森の中の道悪な環境で、振り落とされることなく馬で突進したのは見事であったが、それだけでカプルに勝てると思うのは些か甘過ぎた。
カプルはダスクレイヴの槍を避けるとそのまま掴み、槍ごとダスクレイヴを振り回して馬上から地面に叩き付けた。
カプルは殺すつもりではなかったので、柔らかい土の上に落としたが、ダスクレイヴはその一撃で気絶していた。
「ダスクレイヴ男爵が敵の手に落ちたぞ!」
貴族部隊にその情報はあっという間に広まった。
貴族部隊の後方支援をしていた王子直属部隊まで届くとヴォルガルは撤退の準備を始めた。
残った部隊をまとめて王都に帰る。それがヴォルガルの今回残された最後の任務であった。
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