言葉

『沼について』

沼に木漏れ日が落ちる。

夜の残像として魚達の影が上昇する。

ここには産出する媒体としての私たちは必要ない。

これらは音素を吐き出すための気流であり

整然としたミニマリズムに至らない断片である。


悲鳴を断ち切る為に耳を塞ぐあなたの母親の膣から結晶を摘出しなさい。

煙に巻くような精の中で姿を晦ますあなたの父親に名前を与えなさい。

褥の中で

ゆっくりと魚へと姿を変えるあなたの姿を写し取りなさい。


私たちで途切れるであろう鎖の先が

沼の淵でそっと錆び付いてゆく。

存在は存在に喰らわれて

石に、なってゆくのですよ。


落ちている。

柿の実が落ちている。

あなたのいない庭に。

柿の実が無数に落ちている。

甘く熟れた腐臭が、山間の冷気に流されてゆく。

沼の向こう側に広がる巨大な生命体としての山々

の中の、一本の木が揺れている。

無数の、猿の群れが揺らしている。

あなたの居なくなったあなたの庭から、気配を遠く眺めている。

あなたの気配に包まれながら。

あなたの発露しなかった本当の望みを感じながら。

あなたの見送った山になっている。

薄く苔の生え始めた炊飯器の蓋が沼色になる。

釜の中に沼ができている。

湿気った畳が小さな命を育んでいる。

あなたの生活は、今にも動き出しそうなまま、こうして錆び付いてゆくのだ。


沼の音素が吹き上がる。

音素の中で生活が跳ねる。

あなたの吐き出した無数の泡。

猿たちの咆哮が葉脈の隙間から零れ落ちて水面を揺らす。

産出する媒体としての私たちだった。

そうして森は広がってきたのだ。

すっかり地球を覆い尽くすまで。

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