0157 基本魔法で、取引で切り抜ける


「規格外のコねえ、本当に」


「ラキイラリック公爵! どういうっ」


「まあ、落ち着きなさいな。現状からしても燃えたのはアリアちゃんだけみたいだしい~? 魔王陛下は無事、ちょこーっと精神的にはダメージがあるかもだけど平気そう」


「燃えた、って。まさか自分で自己焼却な」


「そのまさかでしょうね~ん。そうなのでしょう、アリアちゃん? 驚いたわあ。媚毒びどくで脳までとろけて陛下に夢中だと思っていたのにどうやって正気を取り戻したわけ?」


 私は無言を貫きつつ体のすすを掃う。火傷に触れて痛みに顔を顰めたが媚毒の針が突き刺さる時の比じゃない。ヒリヒリはするけど、それだけ、神経を刺される比ではない。


 焼けてしまった体。服もほとんど炭と灰になってしまったけど関係ない。各地の浄化に赴いた際、もらったマントを羽織ってベッドを降りる。ほぼ全裸に等しい私はしかし、怯まない。そして、魔族連中からしたら予想外だったようだけど、彼らを睨みつけた。


 偉大な、魔の眷属けんぞくである彼らが一歩さがる。私は魔族の貴族たち全員を無視して部屋をでた。まだ部屋の中は硬直している。ステルス発動させた魔法が通じてよかったわ。


 人間よりずっと長き、永き命を生きる彼らが知らないとは思えないが《認識障害》の魔法で存在を極限まで薄めておいた。その上で威圧感は、魔力の圧だけはかけておく。


 姿があるのになくて、存在を感じるのに感じられなくて、人間にしては強すぎる魔力圧でさがるしかない、というわけだ。部屋をでた私はすぐ自分にあてがわれた部屋へいってセルカディカ学園の制服を着込み、没収されていた鞄を手にして壁をまるっと焼く。


 焼け落ちた城壁の外は魔獣たちの放し飼い広場だったみたいで私に興味を持って寄ってきたすごく大きなからす似の鳥型魔獣に言葉、ではなく、思念を使って語りかけてみる。


 魔界の言葉、それも魔獣使い者ビーストテイマーが発するような言葉は知らないからだ。紡ぐのは。


「私を超長距離転移魔法陣に連れていって」


「……なぜ?」


「帰りたいから。あなたが移動に使われているなら私の状況くらいわかるでしょ?」


 しばらく待って。返事があった。理由を問われた私は背に聞こえる城中ひっくり返しかねない騒ぎで速まる鼓動を落ち着けて理由を簡潔に述べてみた。帰りたい以外ない。


 それにこの鴉にはあのひとの、ユーリ公爵の魔力波長が痕跡として残っている。彼が直近の使用者だったのなら、このコは事情を知っている。人間界から攫われた女だと。


「条件がある」


「なに?」


「……ボクの拘束呪文をといてくれ」


「いいわ。見せて」


 私がお願いするとそのコは翼を片方広げてくれた。そこにあったのは赤い模様で、いかにもで拘束用。もっと言って痛そう。術式をしばらく観察して解読。反対呪文で解除できそうだったので即興でつくって唱えていく。急がなくちゃ。そろそろ追手がかかる。


 ――パキャアァアン! 硝子を数枚は重ねて叩き割ったような音がして拘束呪文が壊れた。同時に背後が騒がしくなった。私はでも振り向かず屈んだそのコに飛び乗った。


 バサッ。私が背に掴まったのを確認してそのコは両翼を大きく広げて羽ばたいた。


 地上がどんどん遠くなる。地上から動物にかける服従呪文が打ちあげられるが私の炎が燃やして空をゆく救いの翼を援護する。拘束をとかれ、私に援護されそのコは笑う。


 嬉しそうに笑いながら飛んでいく。昼の陽光はほとんどない。雲はなくても瘴気しょうきの靄がかかっているからだ。そんな空の旅で通りすぎていくのは瘴気の濃い場所が多くて。


 ……人間界も放っておいたらこうなるのかしら? そう思うと早く人間界に帰らなきゃという気持ちが強まった。別に私なんて要らないかもしれない。だって聖女はまだ。


 そう、まだ他にいるのだから。あのひとを癒やしてくれるコだって現れて帰っても私の居場所はなくなっているかもしれない。ばかりか「いまさら? もういいよ」とか。


 ――ちくん。ああ、胸が痛い。心臓が軋む。好きなひとにどうでもいいと思われるのはこんなにも、胸を搔き毟られるほど痛いのか。知らなかった。だから、お願いです。


 要らない、なんて言わないで。必要だと言って。嘘でもいいから、利用するだけの心積もりでもいい。私はそう、あなたが他の女の子を選んでも恨まない。片想いでいい。


 高いことなど望まない。ひとりぼっちになったっていいから――、私にあなたを想わせたままでいさせて。以上には望みません。でも、願わくは変わらない愛が、欲しい。


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