0007 最低な日々を思えば今は天国よ


 そんなこんながあって、翌日以降は学食の利用時間を大幅にずらす策にでた。学食のおば様たち(中にはお婆さんもいる)は一件を一部始終見ていて「どうして、あなたが気を遣うの?」と言ってくださったが、それこそ沁みついた、癖だ。絡まれたくないの。


 家ではニアリスが、廊下で鉢あわせたりしようものならこれ見よがしに私を笑う。


 たまに学校の長期休暇で帰省してくる兄たちもほぼ同じく。とはいえニアリスのようなあからさまな嫌み言動を取ったりしない。だって、男だもの。学ぶことが多くて、多すぎて余所事に気をまわせないくらい忙しいに決まっている。国の決まりにこう、ある。


 健康で障害または病がない限り剣技をおさめた成人男子は三年の従軍を命ず、と。


 成人、この世界での成人年齢、というものはじつはまちまちだ。理由はこれまた核石にある。核石の持ち主が充分成熟した場合にのみ核石は縁取ふちどり、と呼ばれるものをえる。


 だから、未熟者はなかなか核石に成人を認めてもらえないので学校に通っている場合は卒業もできないなんて辱めが待っている。平均成人達成年齢は二十歳とされるのでみんな頑張って自己鍛練を行い、核石に認められるように努める。私に構う余裕などない。


 そう、だった。でも、長兄が十九で。次兄が二一で核石に認められて三男の、気の弱い兄は今年で十七歳になるが、気弱なのがなぜ? というくらい早くから縁取りの前兆がでていた。なので、余裕があるというよりはできた、か? 過去に増していびられる。


 自らのこどもたちがいつまでも幼児のように末っ子を虐めていようとお母様もお父様たち両親はもちろん、執事や侍女たちとて私を庇ったりしない。唯一の味方は天に召されたが今もまだ、案じてくれているだろうか。心残りになりたいわけではないが、でも。


 それでも味方が、助けてくれるひとが、安心して心身を預けられるひとが、私は欲しいと思う。他にはなにも要らない。ニアリスのよう、欲しがったりねだったりしない。


 卑しい真似もなにもしたことなく育ったつもり。なのに、まわりからしたら私に、私のような小さい核石しかない者が理解者ひとり求めることもおこがましいのでしょう。


 恥を知れ、と長兄が。生まれ直せばいいんじゃないか、と次兄。三男は、無言で俯いているだけだった。ニアリスは……ああ、思いだしたくもないのにあの高笑いが響く。


「ごめんなさいねえ、ちびちゃん♪」


 あの女は実の妹の名を呼びもしない。ちび、と小さい、と揶揄やゆして呼びかけては。


「わたくしのせいだわあ。わたくしがこんな立派な核石をいただいてしまったせいでちびちゃんの核石はそんな残念で、みすぼらしくて、淋しいサイズでしかないんだもの」


 なんて、丁寧に取り繕ったつもりで醜い罵詈雑言を浴びせかけてくる。濃紺の、核石が灯りで輝いていたのを鮮明に覚えている。大きな、大きな、人々を惹きつける核石。


 両親を、兄たちを、従者を、近隣の有力貴族子息を、平民にいたるまで虜にする。


 でも、きっと。私の核石が並程度に大きくてもニアリス至上主義は揺るがなかったでしょうね。このファルメフォン王国でも最高クラスの大きさだもの。比べられないわ。


「ご馳走様でした」


「あらあら、ありがとうね。わざわざ返しに来てくれるのはアリアちゃんくらいよ」


「いいえ。美味しいご飯をつくって、洗い物をして、あかぎれだらけのおば様たちにこの程度で報いれているなんて思いません。毎日いつも、温かい食事をありがとうございます」


「ええ? アリアちゃんのご実家はよほど作法に厳しいお家だったのかしら。そんな温かい食事くらいなものでそこまでお礼を言ってくれるなんてはじめてよ。照れるわね」


 私は、おば様の言葉に曖昧に笑っておいた。作法は厳しかったお婆様に教わって死ぬ気で身に着けた。将来に笑われたくなければ、できて当然の教養ですよ、と言われて。


 実際ニアリスと私は違う。あの女は基本的な立食パーティなんかの作法はおさめていたが茶会の決まり他上流貴族たちが習うような高度な作法は面倒がってやらなかった。


 そして、温かい食事に私がありつけたのは十一年ぶり。お婆様が生きていらした頃は彼女だけが私を気にかけて一緒に食事をする、とおっしゃってくれていた。お亡くなりになって私は食事ができたと知らされることもなく、部屋の前に盆が置かれているだけ。


 だから、すっかり冷め切っている。冬場なんて気温いかんでは一部凍っていることだってあった。それを魔法で温め直して食べる。ひとりで。家族が集う食堂は入れない。


 入りたくない、とかではなく入れてもらえない。一度、試みて以降やめている。誰だったかなあ「そんな核石でご家族のお目をよごそうというのですか、恥さらしな」とか。


 そういう感じのことを言われた。それが、従者たちにまで核石の小ささのせいで家のお嬢様として扱ってもらえないのだと知って恥ずかしくて真っ赤になってきびすを返した。


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