序章:運命の足音 シーン⑤:再び現れる心咲

シーン⑤:再び現れる心咲

陽向が古城を出ると、強い日差しが降り注ぎ、昨日の冷ややかな空気が嘘のように感じられた。外に出てしばらく歩くと、身の回りの温かさに少し安心した気持ちになった。太陽が顔を照らし、その光に反射する周囲の景色が、どこか穏やかな印象を与えていた。空気も澄んでおり、城の周りに広がる緑がさらに鮮やかに見える。

丘の下に続く道を見下ろすと、小さな人影が動いているのが目に入った。それは陽向が見覚えのある人物、心咲の姿だった。彼女は犬を診察しているようで、その近くには体毛が薄れた大きな犬が伏せていた。陽向は驚きながらも、そのまま歩みを進めた。彼女の姿に気づくと、足が自然と彼女の方へ向かっていた。

「また会いましたね」

陽向が声をかけると、心咲は少し驚いた様子で目を瞬かせ、すぐにその表情を柔らかい笑顔に変えた。

「あ、陽向さん。こんなところでお会いするとは…偶然ですね」

彼女は犬のそばにしゃがみ込んで、何かを確認しながら触れていた。陽向が近づいていくと、その犬はちらりと目を向けたが、特に威嚇することもなく、落ち着いている様子だった。心咲は犬を優しく撫でながら、穏やかな表情を浮かべていた。

「その犬、調子が悪いんですか?」

陽向は心咲の持つ聴診器に目を向けながら尋ねた。心咲は小さく頷き、犬の背中をそっと撫でた。

「そうなんです。最近、この地域で似たような症状を持つ家畜や犬が増えていて…。この子も元気がなかったので、診察しているところです」

陽向はその話に耳を傾け、心咲が慎重に犬の身体をチェックする様子を見守った。彼女の動きは無駄がなく、プロフェッショナルな雰囲気が漂っていた。その手際の良さに、陽向は彼女の仕事に対する真剣な姿勢を感じ取ることができた。

「原因はわかってるんですか?」

心咲は少し顔を曇らせ、首を横に振った。

「まだ特定はできていません。ただ、体温が下がっている子が多くて…。何かの感染症なのか、栄養不足なのか、それとも別の要因なのか…。調べれば調べるほど、はっきりしないことばかりです」

その言葉には、少しの焦りと悔しさがにじんでいた。彼女が抱える不安と、動物たちを救いたいという強い気持ちが伝わってきた。

「心咲さん、あなた…すごいですね。こんなに真剣に向き合って」

陽向は思わずその言葉を口にすると、心咲は少し照れたように微笑んだ。

「そう見えますか?…でも、自分ではまだまだ未熟だと思っています。失敗も多いし、迷うこともあります。でも、この子たちが少しでも元気になってくれたら、それだけで報われるんです」

その言葉に、陽向は胸を打たれた。心咲は自分にできることを全力でやり続けている。自分とは違って、何かを諦めずに追い続ける彼女の姿勢が、陽向の心の奥に何かを呼び覚まそうとしていた。

ふと、心咲の視線が陽向の手元に向けられた。

「あれ?その手帳、どこで手に入れたんですか?」

心咲の指摘に、陽向は初めて自分がその手帳をまだ持っていることに気づいた。

「ああ、これか。古城の地下で見つけたんです。中に何か書いてあるけど、読めなくて…」

心咲は少し考え込むように視線を落とし、それから慎重に尋ねた。

「その手帳…もしかして、この辺りに伝わる古い話と関係があるのかもしれません。この古城、昔はお祓いの場だったって聞いたことがあります。でも、その儀式が途中で中断されたとか…」

陽向はその話を聞きながら、手帳に記された奇妙な記号や文字を思い出していた。もしかすると、この手帳がその儀式と関係しているのではないかという疑念が、彼の頭をよぎった。

「何か知ってる人がいれば、もっと分かるかもしれませんね…」

心咲はそう言って笑ったが、その表情には少し心配そうな影が見えた。

「まあ、気をつけてくださいね。その手帳、ちょっと普通じゃない雰囲気を感じますから」

陽向はその言葉を胸に、しばらく黙って手帳を見つめていた。そして、心咲は再び犬の診察に戻り、陽向は彼女の優しい手つきを見守りながら、手帳をしっかりと握りしめていた。その不気味さと謎めいた感覚が、彼の心に深く残りながらも、その手帳を手放すことができなかった。

シーン⑤終わり


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