手帳が導く運命~光の剣と赤い花

mynameis愛

序章:運命の足音 シーン①:田舎の古城へ向かう陽向

 シーン①:田舎の古城へ向かう陽向

 冷たい風が車窓を通り抜けるように吹き抜けていった。陽向(ひなた)は無意識のうちに手元のハンドルをぎゅっと握り直し、少しだけ窓を閉めた。風が車内に吹き込むたびに、その冷たさが身を引き締める。しかし、どこか心地よいと感じる自分がいた。それもそのはず、都会の騒音に疲れ果て、少しでも静けさを求めて選んだこの道を進んでいたからだ。窓越しに見える景色は、あまりにも広大で、緑が無限に広がっていた。農作物が生い茂る田園が眼前に広がり、数歩歩けばその中に溶け込めるような感覚を覚える。遠くには、幾つかの小高い丘が緩やかに並んでおり、その先に続く道は、まるで地平線と繋がっているように見えた。

 陽向はしばらく無言でその景色を見つめた。都会の喧騒が嘘のように、静けさが全てを包み込んでいる。車内のエンジン音と、時折響く風の音だけが耳に届く。それは、どこか心が洗われるような感覚だった。だがその一方で、陽向の胸の中にはどうしても払えない疑念が浮かんでいた。

「本当にこれでよかったのか…」

 その言葉が何度も頭の中で反芻され、彼の心を重くした。ここに来て何を変えられるのか、何を取り戻せるのか。答えが見つからないまま、ただ道を進んでいくしかないという現実に、心が沈みそうになる。

 陽向はその思いを振り払おうと、視線を再び外に向けた。手のひらでハンドルを軽く握り直し、ふと道端に目を向ける。舗装は徐々に荒れ始め、細い道へと変わっていった。車のタイヤが小石を踏む音が響き、車内に微かな振動が伝わる。その音さえ、どこか心を落ち着けてくれるように感じられた。

 そして、その先に突如として現れたのが、遠くの丘にそびえる古びた城だった。陽向は思わず目を凝らしてそのシルエットを見つめる。日の光を浴びて、ひときわ目立つその姿は、長い歴史を背負ってきたのだろうと感じさせた。

「これが噂の古城か…」

 陽向は車を停めると、エンジンを切り、ドアを開けた。外に出ると、瞬時に冷たい空気が全身を包み込み、その冷たさに思わず肩をすくめた。深く息を吸い込むと、冷たさが清々しく感じられたが、同時に心が少しだけ引き締まるような感覚があった。

 古城の周囲には人影も少なく、ただ風が木々を揺らす音と、遠くで鳥の鳴き声が響いているだけだ。すべてが静まり返り、まるでこの城が時間を止めているかのようだった。陽向はそのまま少しだけ空を仰ぎ、深呼吸をした。

「ここで…少しずつ取り戻せるのかな」

 彼は呟きながら、その古城を見つめる。目の前に広がる灰色の石造りの壁には、年月を経た苔やひび割れが浮かび上がっており、それでもなお堂々と立ち続ける姿には、何かしらの誇りを感じずにはいられなかった。この城のように、何度も時代に翻弄されながらも、なおその姿を保ち続けてきた者たちがいるのだ。陽向はその姿に、自分を重ねていた。

「この場所で、少しでも自分を見つめ直せるかもしれない」

 そんな考えが浮かんだ。何もかもが失われたように感じていたが、ここに来て、何かしらの答えを見つけられるのではないかという希望を少しだけ抱き始めていた。

 ゆっくりと足を踏み出すと、丘を登る道が見えてきた。そこには、古城へと続く緩やかな坂道が広がっていた。陽向はその道を登りながら、少しずつ胸の中で強くなる決意を感じ取った。彼がこの場所に来た理由、それは過去の失敗を乗り越え、再び自分を取り戻すためだった。古城の存在が、そのための象徴のように思えた。

 心の中で何度もその決意を繰り返しながら、陽向は歩みを進めた。


 シーン①終わり

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