第36話 あー、憂鬱だ
放課後。
この世の春を彷彿とさせるチャイムが学校中に鳴り響く。
それは通常、とてもうれしいものであるはずなのだが、今日の湊にはそうは思えなかった。
その理由を語るには、朝のホームルーム後までさかのぼる。
~~~
「なあ一条。今日の放課後空いてるか?歓迎会でもさ、パーっとやろうぜ!」
古川をはじめとしたクラスメイト達が、湊の周りに集まってくる。
男子も女子も、いつもおとなしいあの人も。
だが正直、湊に暇な日なんてない。咲穂や七海のために夕食を作らなければならないし、ほかの予定を入れるということは七海がまた、1人の家で食事を食べることにつながるのだ。
「ごめん、今日はちょっと…………」
「へー、残念だなぁ」
「みんな予定空いてるのに」
「神宮寺さんも来てくれるのに」
クラスメイト達が発する声の中に、一つだけ看過できないものがあった。
「神宮寺さんもくるのに」だ。
七海が歓迎会に行く、ということはすなわち、食事に来ないということだ。
(どういうことだ!?)
湊は反射的に七海の方を見てしまう。
七海も湊と同じように、クラスメイト達に取り囲まれていた。
そして申し訳なさそうに湊に向かって手を合わせる。
その光景を見て、湊はすべて理解する。
(人数の圧で七海を従えたってわけか!小癪な!)
七海は人との会話などの経験が少ない。
よってあれほどの人数で話しかけられれば、押し負けてしまうに違いない。
湊が「神宮寺さんも来るのに」、という言葉に反応したことにより、他人の恋バナに興味津々なこの年代のクラスメイト達は、いろいろな妄想を掻き立てる。
「(やっぱり、一条君は神宮寺さんと付き合ってるんだよ!)」
「(いや、両思いだけど付き合っていないって可能背も………!)」
たくさんの考え方がある中で、たいていの人たちの考えはこう
「((応援しなければ!))」
そして、七海を一人にしてはいけないという責任がなくなった湊もそのまま押し切られ、結局歓迎会、とやらに行くことになったのだった。
~~~
………ということで、湊は放課後が来るのが憂鬱だったのだ。
決してクラスメイトが嫌いとかいうわけではなく、金銭面の問題と、そして何より 大人数で遊ぶことに慣れていない、都会の遊びについていけない、というのが主な理由である。
集合場所として指定されたのは、学校の近くにある公園。
よくたまり場として利用されており、集合場所にするにはもってこいの場所だ。
「なあ咲穂、なに着てったらいいと思う!?」
「なんでこういう時にだけ気を遣うの!?服なんてほとんどないよ!」
「そこをどうにか!」
そして湊は、服選びに四苦八苦しているところである。
今持っているものでいいから、と七海や咲穂と服を買いに行ったときに購入しなかったのが裏目に出たのだ。
決して、湊はダサいわけではない。
服の種類が、あまりにも少なすぎるだけなのだ。
スマホを買いに行った時の服装では、暑すぎる。
ジャケットは暑い。
白Tシャツにポロシャツをかぶせただけの上半身と、黒のジーパン。
咲穂が選べば、最低限平均程度にはなる。
よくもないが悪くもない服の完成だ。
十数分歩くと、公園に到着する。こじんまりとした公園に、40人ほどの高校生が集まる。それは、とても奇妙な光景だった。
「すまん、待ったか?」
「いやいや、俺らが早く来すぎただけだから」
「うんうん、私なんかあと10分は待つって思ってたからね」
「まだ集合時間の15分前だし」
余裕をもって家を出てきたはずが、ほとんどの人が公園にいることが分かり少し焦った湊であったが、その言葉を聞いて半ば安心する。
そのあと数分待ち、神宮寺七海が公園にやってくる。
優等生モードの、だ。
「うわっ、かわいい……!」
「オシャレだなぁ」
「やばい、モデルみたい」
七海のいつもの私服であれば、ここにいる全員言葉を失っていただろう。
しかし今日の七海の服は、咲穂チョイスの新品服。
これだけ見れば、七海は服のセンスを持っていると思うだろう。
そう、このクラスメイト達のように。
七海の私服を知らない人であれば。
そのあとさらに数分待つと、全員が公園にそろう。
「………で?なにするんだ?」
いつも起きる心配事。それは〝集まったはいいけどやることがない〟だ。
しかし古川たちにとってそんなものは、苦にもならない。
「まずは予約とったカラオケ行くだろ?んでこれまた予約とったご飯屋さん行くだろ?食うだろ?んでもって解散!じゃないのか?」
「なぁ、お前らいつから予約してたんだ?今日とれる人数じゃないだろ。これ」
「一条が来ると仮定して3日前にとった」
つまり、湊が来ることは決定事項だったのだ。
天に定められし運命だったのだ。
「………俺が来なかったら、どうするつもりだったんだ?」
そう湊が聞くと、クラスメイト達は目を見合わせる。
「そんなの、考えてなかったよな」
「もしものときは代役でも入れればいいし」
湊が来ることはやはり、決定事項だったのだ。
あまりに計画性のないこの会に、心配しかない。
(………あー、憂鬱だ)
湊はそう思った。
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