第11話 咲楽子先輩と冷やし中華始めました(3)
──
わたしは幼少のみぎりより、この食材の存在へ疑問を抱いてた。
味つけを控えめにした卵焼きを、薄く広げて冷まし、三つ折り四つ折りに形よく畳んでから、包丁で細く刻む……。
そこには、
目玉焼きという、塩、胡椒、ソース、醤油、ハム、レタス、ハンバーガーの階層なんでもござれ的な強固さ、オールマイティーさもなく……。
折り目正しく焼かれた卵焼きの気高さも、気軽に炒られたスクランブルエッグのフランクさもない。
「くぅ……。錦糸卵め……」
パサパサの食感。
大抵は無味無臭。
おなかを満たす感覚ゼロ。
その割に掛かる手間は、並の卵料理以上。
そして……作って整えて出して、褒めてくれる者はまずいない──。
「ああ……作りたくない。面倒くさいよぉ……錦糸卵」
半熟卵を二つに割って、麵のわきに添える……。
それでもいいじゃないの。
パッケージの調理例もそれだし……うん。
でも、だけれど──。
半年にわたって咲楽子先輩の匿いメシを作ってきたわたしにはわかるっ!
咲楽子先輩っ、絶対っ、初手でっ、冷やし中華全体をぐちゃぐちゃに混ぜてくるタイプっ!
そのとき、かき混ぜに加わらない巨体のカットゆで卵は、まず咲楽子先輩の口に合わないっ!
トマトは四つ切サイズを、味変用、食感リセット用に別皿へ置く。
ハムとキュウリは、細切りカットで麺の上に並べて馴染ませる。
紅しょうがは、好き嫌いを考慮して隅っこに少々。
そして卵は…………。
やっぱり、錦糸卵っ!
あのパサパサ感が、水分たっぷりはべらせてる麺と野菜の仲介役となって、冷やし中華の一体感を生み出すのはわかってる!
だけどっ、本当っ、作り甲斐ない食材っ!
ゆえにカット済みの製品だってある。
でも、だからこそ……女子力の見せどころでもありっ!
ここで咲楽子先輩みたいなドカ食いタイプへ、水準以上の錦糸卵を提供できたなら……。
「わたしの評価は一気に高まるっ! はずっ!」
ただ、でも……。
味薄い、食感パサパサの、全体を整えるだけの食材にインパクトを与える調理が、わたしにできるかどうか……。
……………………。
……………………。
……………………。
………………んっ?
いまここにある袋麵は五個パック。
試食でわたしが一つ食べた。
ドカ食いの咲楽子先輩は、二……いや三袋はきっとたいらげる。
余る一袋分のタレ、そしてふりかけ……。
そこに勝機がある……かもっ!
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