第12話 咲楽子先輩と冷やし中華始めました(4)
「冷やし中華始めました……っと。送信!」
咲楽子さんへLINE送信。
盛りつけた冷やし中華の写真を添付。
湯切りして冷水に浸した麺を平皿に乗せて、キュウリの千切り、ハムの細切り、そして……手間暇注いで作った錦糸卵も並べて、隅っこに軽く紅ショウガ。
この三食分の皿をラップでくるんで、冷蔵庫で待機させる。
さて、これで咲楽子さんを満足させることができ──。
──ピロロンッ♪
『いますぐいく』
ええっ!?
メッセージ送ってまだ一分経ってないのに、いますぐって……。
っていうか、漢字変換されてなければ感嘆符も絵文字もつかない「いますぐいく」が、ホラーゲームで怪異がやって来るときのそれで怖いっ!
──ガチャッ! ガチャッ!
ひいいいっ!?
施錠中のドアノブを力いっぱい回す音っ!
ホラーゲームのシチュエーションか、呼び鈴もノックもせずにいきなり玄関へ入ってくる地方の高齢者ムーブ!
「はいはいはいはいっ! すぐ開けますぐっ!」
いまは昼の三時過ぎ……。
早めの夜食を食べにくる咲楽子さんにあるまじき時間帯っ!
──ガチャッ!
「よ、ようこそ……咲楽子さん。部屋にいらしたんですか……」
「うんっ! 午後休講だったし、美冬は学外の講習出てるからっ! 来ちゃった!」
──バタンッ……ガチャリ!
無理やりな感じでズカズカと入り、後ろ手で施錠する咲楽子さん。
いかにも部屋着なクリーム色のタンクトップに、デニムのショートパンツ、素足。
初めて見る、咲楽子さんのムチムチな白い太腿、ふくよかな二の腕とつるつるの腋の下……。
は……始めてよかった冷やし中華っ!
でもせめて五分……いえ三分くれれば、こっちも薄着&薄化粧の勝負モードになれてたのにっ!
って、勝負ってなに言ってるのわたしっ!?
「冷やし中華……あれねっ!」
「えっ……あ、はいっ!」
シンクに並べていた、これから冷蔵庫へ入れるつもりだった三皿。
咲楽子さんがシンクの端を両手で掴みながら、険しい目つきでそれを水平視点で凝視──。
「白いちぢれ麺……初めて見るタイプ。おつゆは?」
「はいっ! こ……こちらにっ!」
慌てて粉末のつゆをお椀で溶き、製氷機から氷を三つ投入。
それから付属のふりかけの袋を開封、それへと──。
「待って、なっちゃん!」
「……はい?」
「そのふりかけ、麺側へ振りかけるやつかも。それはそのままおつゆへ入れていいけれど、二袋目は麺へかけておいて。食感の差試したいっ!」
「は……はいっ!」
ひえええぇ……細かいっ!
この数グラムのふりかけなんて、胃に入れば同じ……なんて思ってたけれど、そこに食感の差を求めるなんてっ!
咲楽子先輩……。
ドカ食い女子にして数グラムの機微がわかる女っ!
じゃあまずは、つゆにふりかけを投入してぇ……。
咲楽子さんの塗り箸を添えて、お出しっ!
「どうぞっ!」
「ありがとっ! それじゃあ……いただきますっ!」
「え゛っ!? シンクで立ち食いですかっ!?」
テーブルへ置いたお椀とお箸を速攻で掴み取ると、わたしに背を向けてシンク上のお皿から麺を摘まみ上げる咲楽子さん。
うちのキッチン……というか、同じ間取りの咲楽子さんたちのキッチンも、夏の西日がモロに入る、夏場の夕食には厳しいポジショニング。
その、沈み始めた太陽を窓越しに、咲楽子さんが夏の風物詩である冷やし中華を立食。
肩を、腋を、太腿を、うなじを、露に──。
──ずるぅろろろろっ!
すこぶる景気のいい、咲楽子さんの冷やし中華一口目。
いや……一飲み目の音。
冷やし中華、始めました──。
その風物詩的なキャッチフレーズとともに、わたしの夏も始まった……ような気がしてるいま、この
錦糸卵へ込めた想い。
吉と出るか、凶と出るか────。
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