匿いメシ! KAKU-UMAI MESHI!

椒央スミカ

東洋水産 ごつ盛り塩焼そば

第01話 咲楽子先輩とわたしの微妙な関係(1)

 同じアパートに住む彼女。

 隣の部屋に住む彼女。

 彼女はわたしの部屋を、ちょくちょく訪れる。

 部屋には彼女の日用品が、所狭しと並ぶ。

 ちょっとした衣類。

 歯磨きなどの口腔ケア用品。

 食器、調理器。

 そして……大量の食材、食品──。


 ──ピロロンッ♪


『ごめん、なっちゃん! いまから行っていいっ!?』


 彼女……くらさく先輩からのLINE。

 いつものように、「OK!」の文字が添えられたウサちゃんのスタンプを返す。

 そしてすぐさま、玄関のドアのロックを解除。

 すると即座に、ドアを開けて咲楽子先輩が入室。

 秋の夜の、ちょっと冷たい空気とともに──。


「ごめんっ、なっちゃん! いつも迷惑かけてっ!」

「いえいえ。全然迷惑じゃないですからっ。ささ、どうぞ!」

「うううぅ……おじゃましますっ!」


 咲楽子先輩。

 同じ大学の二年生で、同じ教育学部。

 中肉中背で、輪郭は丸みがある面長。

 栗毛色の太い三つ編みを、いつも肩から前に垂らしてる。

 化粧っけなし。

 服装は常にラフで、いまもベージュのトレーナーに濃紺のデニム。

 丸い瞳の童顔で、年上と思いにくい愛らしい印象。

 まるでデブネコかタヌキ、もしくはぬいぐるみのような生き物。

 それが前のめりで部屋へドタバタと上がり込み、キッチンの隅に積まれているカップ麺のタワーを漁りだす。


「マルちゃんのごつ盛り塩焼そばっ! 東洋水産のごつ盛り塩焼そばっ!」


 マルちゃんのごつ盛り塩焼そば。

 正方形の容器、青いラベルに収まった、一三〇グラムのインスタント焼きそば。

 具材は少なめで、主力は麺。

 お湯を捨てたあと、ソースとバジル入りの粉末スパイスをかけて食べる。

 バジルの風味はちょっと癖ツヨだけれど、咲楽子さんが好んでいる一品。

 そしてこの値上げ値上げの時代に、ディスカウントストアでは百十円前後で買える頼もしさ。


 ──ビリリッ……ベリベリッ!


「なっちゃん! お湯っ! お湯ぅ!」

「はい、はいっ! ただいまっ!」


 キッチンのフローリングで四つん這いになり、床に置いた焼きそばのケースへお湯を催促する咲楽子さん。

 まるで空の餌皿の前で待機している大型犬。

 彼女の来訪を見越して、ポットには熱湯を常備。

 上蓋が半分開かれたカップには、かやく投入済み。

 スパイスとソースの袋の避難を確認。

 いざ、熱湯を注ぐ。

 そのわきで生じる、けたたましい音──。


 ──ビリリッ……ベリベリッ!


「……ええええっ!? 咲楽子さん、二個いくんですかっ!?」

「きょうのうちの晩ごはん、牛筋肉とフランスパン、あとブツ切りのニンジンとブロッコリーだったの! どれも硬くって、噛み噛みがいっぱいで……。喉をぐびぐび通過する快感に餓えてるのぉ!」


 空腹感を露にした、咲楽子さんの情けないしかめっ面。

 食後にこの顔ができるのは、ある意味すごい……。


「ええっと……じゃあ! 味変用に、二個目はフライパンで軽く炒めましょうかっ? 目玉焼きを添えてっ!」

「頼めるっ!? あっ、目玉焼きはコショウたっぷりで!」

「了解ですっ!」


 年上の女性が部屋へ飛び込んできて、唐突に快感を要求。

 求められているのは、性欲ではなく食欲だけれど。

 まあ友達少ないわたしとしては、この愛らしい生き物、歓迎一択。

 即座にフライパンへ油を敷き、生卵を一個落とす。

 そしてS&Bエスビー食品のブラックペッパーあらびきの瓶を握り締め、待機。

 強火で一気に焼き上げ、白身の外周が焦げてきたところで弱火に切り替える。

 これで咲楽子さんの一個目完食の頃合いに、黄身トロトロの仕上がり──。


「ああああ~っ! 早く三分経って~! ふゆがお風呂出ちゃう出ちゃう~!」

「また美冬さんのお風呂の隙に……ですか」

「あ~! いまなっちゃん、エッチな想像したぁ!」

「し……してません! してませんよぉ……女同士ですしぃ」


 美冬さんは咲楽子さんの高校からの同級生で、かつルームメイト。

 うちのアパートは大家さんが寛大で、人柄チェックに合格すればルームメイト、すなわち家賃を折半で住むことができる。

 真っ黒なセミロングに切れ長の目。

 スマートな体形の、世間でいうところの標準的な美人。

 そして……看護栄養学部で管理栄養士の勉強中。

 栄養バランスに加え、食感、新鮮味、そして食費を考えた食事を、朝晩用意するのだという。

 大食漢の咲楽子さんにとってそれは、ありがた迷惑。

 ゆえにしばしば、食べ足りないときにこうして、わたしの部屋へと駆けこんでくる──。


 ──とぽとぽとぽとぽっ♪


 鼻歌を鳴らしながら、シンクへとお湯を捨てる咲楽子さん。

 カップからお湯が流れ出る音に、メロディーがついているかのよう。

 わたしが咲楽子さんと会うのは、彼女が食事をするときがほとんど。

 だからわたしは、いつもご機嫌な咲楽子さんを見てる──。


「ごつ盛り塩焼そばは、蓋の上であっためたソースを麺全体へまんべんなくかけてから、一度お箸で混ぜて……。そのあとでスパイスの粉末をバランスよく振りかけるの。スパイスを先にかけると、ソースで固まってができちゃうから」

「は、はい……」


 カップ麺を食する前には、いつもこうした講釈が。

 調味油は必ず最後だとか、後乗せ天ぷらは気分で先に入れてもいいとか。

 このときの、楽しそうな咲楽子さんの横顔が好き。

 その笑顔、いつか正面で見てみたい。

 つきあい長い美冬さんには、見せているのかなぁ……。

 ああ、いまこの瞬間だけ……。

 わたしは、マルちゃんのごつ盛り塩焼そばになりたい──。

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