第3話 襲来

 大自然漂う森の中、頭部に小さな角・緑の肌を有する一匹の人型生物が、全身傷だらけでありながら、無我夢中で地面を駆けていた。


 その生物の正体は、ファンタジー界で有名なモンスターの一種【小鬼ゴブリン】だった。仮にこのゴブリンをゴブイチと名付けよう。


 ゴブイチが何故、満身創痍であるにもかかわらず、必死に逃走しているのか、数分前に遡る。






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 ゴブリンの上位種【小鬼王ゴブリンキング】をリーダーとする、石製の剣・手斧・槍・木製の弓を武装した仲間の群集と共に、獲物となる野生動物(猪・鹿・熊・兎)を捜索していた、その時だった。


(ブチッ!)

「ギ?」 


 先頭のゴブリンキングの位置から、何かが引き千切れた鈍い音が聞こえてきた。ゴブイチは先頭に視線を向けると、予想外の事態が起きていた。


 先程まで存在していた、ゴブリンキングの頭部が消失しており、頸の断面から夥しい真紅の鮮血を大量に噴出しながら、崩れるように地面に倒れるのを目に映った。


「ギギギ!?」

「ギリギエ!?」


 群れの中で最強の上位種にして、群れのリーダーであるゴブリンキングが一瞬で殺されていることに気付いた群れは、リーダーの身に一体何が起きたのか分からずパニックに陥る。


(ガサガサッ!)

『ッ!?』


 薄暗い木々の中から、黒い影が分厚く長い舌を振り回しながら、ゴブリン達の目の前に現れた。ゴブイチ達は武器を構えて戦闘態勢に入るが、舌先を凝視すると………


 さっきまで頸と繋がっていた、ゴブリンキングの頭部がぶら下がっていた。


『……ギァァァァァァァァァッ!!』


 リーダーを殺ったのはコイツだと理解したゴブイチを含むゴブリン達は、コイツには敵う訳が無いと悟り、全員は武器を捨てて逃走を図るも、


「ギエッ!!」

「グベッ!!」

「アギャァァァッ!!」


 ゴブイチ達の後ろで、逃げ遅れた仲間達が次々と断末魔をあげて喰われていく。彼等は後ろを振り向く暇も無く、食われてたまるかと言わんばかりに逃げ続けた。その刹那……


(バチィィィンッ!)

『ッ!?』


 自身の近くに居た生き残りの仲間諸共、黒い影から放たれた舌で背中を強打される。凄まじい威力で宙に吹き飛ばされ、地面に転がり落ちた。


 ゴブイチは強烈な舌の攻撃と砂利の地面に転がった影響で、擦り傷と打撲を体に負うも、運良く軽傷で済み、行動不能には至らなかった。


 瀕死の重傷で行動不能と化した仲間達が黒い影に一匹ずつ捕食されている隙に、ゴブイチは激痛に耐えながら、逃走を再開した。






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 そして現在、ゴブイチは全身に刻まれた擦り傷と打撲による激痛・全力疾走により蓄積された疲労によって倒れそうになるが、苦痛の表情で耐えて走り続け、森の外に出た。


「ゼェゼェゼェ……ッ!」


 ゴブイチは体力に限界が来るも、目の前のある場所を発見し、もうひと踏ん張りと、激痛に堪えながら進んだ。


「………(クンクン)」


 瀕死のゴブリン達を喰い尽くした黒い影は、生き残りのゴブイチが地面に残した足の残り香を辿りながらゆっくりと移動をしていく内に、やがて森の外に出た。


「………」


 黒い影は、ゴブイチの残り香がある場所に向かっていると理解し、四本の脚で歩を進んだ。そのある場所とは、だった。






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「あ~、腹減ったな~」

「キュ~」


 教会で一泊した翌日、イサトはカバンを肩に乗せ、誰もいない無人街の大通りを空腹に耐えながら、食料を探していた。


 昨日から何も食べておらず、このままでは野垂れ死んでしまう恐れがあると彼の頭に過ったからである。

その道中、色々な珍しいモノを発見していった。


 一つ目は、大通りに並ぶ複数の建物に凭れ掛かった、光沢入りの赤色のメタリック装甲を全身に纏った全長十メートル程の“機械の巨人”。

 きっとこの世界の【ゴーレム】だと確信。彼は記念にと、スマホで数枚の写真・数分の動画を撮影した。


 二つ目は、薬屋らしき店内の棚に並べられた、赤・青・緑の三色の光り輝く液体入りの頑丈なガラス製の薬瓶。ポーションの瓶だと思った彼は、念の為にと、薬瓶を十数本、手持ちのバッグに収納する。


 三つ目は、豪華な屋敷内に飾られた、他の店よりも強力そうな、様々な武器・防具・装飾品。全部が魔力が込められた人工物【魔導具マジックアイテム】だと思った彼は、ポーションと同様、念の為にと三本の短剣と黄色の宝玉を五個、ポーションと同様に次々とバッグに収納していった。


 しかし、幾ら探しても、食糧となる物は、大通りに生えた木々にぶら下げたリンゴに似た木の実くらいしか無く、三個を摂取しても、空腹が治まる気配は無かった。


「やっぱり、果物じゃ消化が早くて、腹を満たせないな~(グ~ッ)」

「キュ~キュ~、キュ~キュ~」

(ジタバタッ、ジタバタ)

「イヤ、俺は遠慮しとくよ、それはカバンが食べな」

「キュ~……(バリバリッ、バリバリッ)」


 腹を空かすイサトに、カバンは何処からかバッタらしき蟲を取り出し、コレを食べろと進めるが、彼に遠慮される。カバンは仕方なくその蟲をバリバリと食していると……


「……キュ?」

「? どうしたの、カバン?」

「キュキュ~!」

「?」


 カバンが何かに気付き、イサトに教える。彼はカバンの指を差した方向に目を向けると、前方から小さな人影がこちらに向かって走ってきていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 イサトは目を凝らして確認すると、小さな人影の正体は、ラノベで有名な人型の魔物【小鬼ゴブリン】であった。


「おお、本物のゴブリンだ!! でも、何であんなに傷だらけ何だ?」

「キュ~?」


 イサトは漫画・アニメでしか見たことが無いゴブリンを生で見たことで歓喜するが、何故傷だらけで走っているのか疑問に感じていると……


『グォォォォォォッ!!』

「「ッ!?」」


 満身創痍で必死に走るゴブリンの背後から、巨大な影とバケモノのような雄叫びが聞こえてきた。イサトとカバンはその雄叫びに驚いた瞬間……


(ブチュッ!)

「ブゲッ!!」

「「ッ!!」」


 瞬きする間に傷だらけのゴブリンが、頭上から振ってきた肉塊のような巨大な舌により、鈍い音を出して潰されてしまった。

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