第3話 

「お父さん、渋っていたわりに、デイサービスはりきってない?毎日張り合いある顔してるもの。カレンダーにも丸つけちゃって!」


 娘が勧めてよかったわと言う。


「そんなことはない。忘れてはいけないから丸をつけているだけだ!」

 

「そぉ?前よりお父さん元気な気がするわ。昨日の夕飯何食べた?」


「昨日の夕食は納豆ご飯となめこ汁塩鮭だ」


 今朝はトーストとゆでたまごとバナナ。よし。覚えている。どうだ!という顔を娘に向けると娘はさらに得意げな顔をしていた。


「ほーらね!夕食のメニューも覚えてるじゃない!デイサービス行って、刺激受けてるから頭もハッキリしてるのよ」


 ……たまたま前は忘れていただけだ。まったくうるさいやつだ。


「少し散歩してくる」


 いってらっしゃいと娘から返ってきたから、まだいるのかと思ったら、自分は子どもの送迎があるから、また来るねと帰っていった。なんのかんのと口うるさいが、心配して見に来てくれることは感謝だな。一人娘で、甘やかし大事に育てすぎたと思ったが、意外としっかりした生活をしている。亡き妻に似たんだな。


 ぶらぶらと近所を散歩していると、他の人に出会う。あいさつして、通り過ぎる。日差しが気持ちいい。


 元気か……そうだな。明らかに文江に再会してから、なんだか元気になった。心が元気になったのだと思う。心が元気になれば体も元気になってくる気がした。億劫で動きたくなかったのに、歩きたい気分になる。文江のおかげだろうと思う。昔話をしているから、中学生に戻っているのかもしれないと人知れず、ハハッと笑い声が出た。


 そういえば、いつぶりだろう。笑い声が出たのは。


 そんな自分の変化に気づいてきた時だった。


「今日、泉さんは?」


「なんだか体調を崩してしまったみたいで、お休みみたいですよ」


 文江をデイサービスで見かけなくなってしまった。最近、夏も近づき、暑くなってきたから、そのせいで体調を崩したのかもしれないな。昔から体が弱い人だったからな。


 しかしその次もいなかった。次の次もいない。いつまで来ないのだろうか?デイサービスの職員に尋ねると、首を横に振る。やはり今日も来ないのか。


 さすがに一カ月ほどたった時、心配になった。文江の住所は知らないため、デイサービスの人に聞いたが、教えてはくれなかった。今の時代、簡単に個人情報を他人に教えてはくれないらしい。


「泉さんはいつからきますかね?」


「体調が回復したらくると思いますよ」


 中学の卒業アルバムもないし、中学の友人との付き合いもない。文江を知っている親しい友だちが誰かも知らない。デイサービスに来ている人に片っ端から話かけるわけにもいかず、手詰まりだった。人間関係を希薄に生きてきた自分への罰にも思えた。


 文江がいない一人で過ごすおやつのコーヒーはとても苦く感じ、いつもいれないミルクや砂糖を入れて混ぜてから口をつけたのだった。

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