想いの最期が行き着く先
カエデネコ
第1話
イタタ……と去年、腰を悪くしてから畑も田んぼもできなくなり、動くことが減った。散歩でもしないとお父さん、体力落ちて、歩けなくなるわよ!と娘に言われてからは散歩をしようと思っていた。
しかし日中、目的もなく、何をするわけでもなく、一人でブラブラ散歩なんかできるかと止めてしまった。
「お父さん、デイサービス行ってみたら?」
そう提案されたが、まだまだ元気だ!あそこは老人ばっかり行ってるだろう!と反論した。近所で行っているメンバーの顔を思い浮かべる。まぁ……そう年齢が違うか?と言われたらそうでもなく、歳はそう変わらないか。
「そういうけど、散歩してる?体動かしてる?あたしが来た時、いっつもテレビ見て、ボケーっと口開けてるじゃない?お父さん、このままだとボケちゃうんじゃないかなって思うのよ」
「いやいや!しっかりしたもんだぞ!」
娘が、じゃあ、昨日の夕食メニューなんだった?と尋ねてきた。
……思いだせなかった。
そういうわけで、デイサービスへ行くことが決まったのだった。
行ってみたら、そう悪くはなかった。若い女性職員がニコニコと優しく、おやつの時間に飲み物の種類を尋ねてくれ、好きなの選んでいいんですよー!と言ってくれたので、ブラックコーヒーにした。
「午後から本でも囲碁でも将棋でもしてもかまいませんし、あと書道なんて趣味の方もいるんですよ。ほら、あそこに飾ってあるでしょう?」
達筆な字で書いてあるものが飾られている。毛筆はそんな得意ではないため、そうですかとだけ言って、コーヒーを飲みつつ、新聞でも読むことにした。
食事前に座ってできる体操というのを皆でした。わりと悪くない。家でもできそうだからやってみようか?いや、面倒だからしないだろうな。そんなことを考えているうちに昼になった。昼も悪くなかった。亡くなった妻がよく作ってくれたひじきの炊き込みご飯が出てきて、ふわりとした海藻の香りと油揚げから染み出てくる甘い味、豆やニンジンなどをご飯と一緒に口に入れると旨かった。
周囲は楽しそうに話が弾んでいた。特に女性のテーブルはすごい。〇〇さんがこないだ骨折して入院し、リハビリ中とか〇〇さんはお孫さんが学校の先生だとか、テレビで芸能人が白湯を飲むと良いと言っていたとか、自分の話を好き勝手に相手が聞いていようが聞いていないであろうがしていっている。それぞれがラジオ放送のようだ。女性というのはなぜ年をとってもおしゃべり好きなんだろう?
その中でウフフ、アハハという楽しそうな声がした。笑い声に特徴があって、聞くと一緒に思わずアハハと笑いたくなる。
おや?この笑い方、どこかで聞いた気がするぞ。
そう思って探してみると、白髪頭を綺麗に切りそろえたおかっぱ頭をし、細い枠の眼鏡をかけ、上品そうな女性がいた。楽しそうにまだ笑っている。こちらに気付いて、あら?と目を丸くした。そして目を細める。その表情はとても懐かしそうでいて、そして嬉しそうだった。
「人違いだったらすいません。もしかして
タツ君と呼んでくれていただろう?そう言い返したかった。いや、お互いそんな年齢じゃなくなったか。
ああ……笑い声に聞き覚えがあったはずだ。
『うん』とやっとのことで首を縦に振ることができ、頷けた。やっぱり!と中学生の頃と変わらない仕草で両手を合わせた。左のほほのえくぼが可愛い。年をとっても可愛い。
「
「覚えている」
声がかすれてしまった。わあ、うれしいと彼女は笑った。
ウフフ、アハハと一緒に笑いたくなる声で笑った。
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