第2話
「こんな気軽に山登りできる位置にあるのはいいよな」
「ほんとほんと」
ルードとフェリはウキウキしながらけわしい斜面を登っていく。
ルードよりも背の高い木々が立ち並んでいる。
「知らない木だな。実でもつけてくれたらいいんだけど」
と横切りながらルードが言う。
「期待しない方がいいんじゃない?」
フェリの言葉に彼はちいさくうなずいた。
風が音を立てて吹き抜けていく。
「涼しくて気持ちいいね」
「ええ」
ルードの言葉にフェリはうなずいた。
夫婦は足を止めて、風の音に耳をかたむける。
「動物が見当たらないのは残念だけど」
とルードは言った。
「鑑賞用? 食材用?」
フェリは夫に問う。
「両方だよ。動物はきらいじゃない」
ルードは答える。
「素直か」
フェリは腹を抱えて笑う。
「フェリはどっちと会いたい?」
「今は可愛い子がいい」
夫の問いにフェリは即答する。
「でも、腹が減ったら変わるんだろう?」
ルードのからかうような問いに、
「当然でしょ」
フェリは笑みを浮かべたまま言い切った。
少しの間笑い合って、
「まだ戦いの記憶が抜けてないのかも」
とルードが疑問を口にする。
「たしかに。ここで心を洗いましょ」
フェリは同意して言う。
「ここならできそうだ」
ルードは楽しみだと周囲を見回す。
引き続き二人は山を登る。
道はけわしいが、二人は平地と変わらないペースだ。
「戦いが終わったら運動不足になるかと思ったけど、ここなら心配はいらないな」
とルードはまだ息を切らさずに言う。
「ええ。毎日トレッキングすれば、ダイエットにもなりそう」
隣で同じペースで歩きながらフェリは共感する。
「あら、蝶よ」
とフェリが目ざとく白い蝶に気づく。
「ほんとだ」
ルードもそちらに目を向ける。
「この地域の生態にも興味はあるけど……」
「まともにやったら生涯かけても終わらないわよ」
夫の発言に対して、フェリは笑いながら指摘した。
「たしかに」
ルードは大きくうなずく。
動植物の生態というのはまだまだ謎が多く、いろんな国の学者がお金と長い時間をかけてコツコツ調べているのが現状だ。
素人がやってもモノになるか疑わしい。
「まあ、食材の確保という意味で、意味はあるが」
「そうね。お肉食べたいわ」
現実的な話に戻すと、すぐにフェリは同意する。
そして彼女は夫に問う。
「私の魔法で探してみる?」
「いきなりは無粋じゃないかな」
ルードは首をかしげ、反対を示す。
「本当に困ったらお世話になるけどね」
「了解」
フェリはすぐ引き下がる。
本気だったわけではないのだ。
「楽しくていろんな考えが浮かんでしまうな」
とルードはつぶやく。
「わかる。わたしもウキウキしてる」
フェリは共感した。
隙だらけの二人の背後から物音がして、大きな鹿のような生き物が出現し、彼らをめがけて角をかざして突っ込んでくる。
「何だ、いきなり」
当然気づいていたとルードはふり返り、自分よりもデカい鹿の突進を右手一本で止めた。
「あら、グレートホーンディアーじゃない。道理で好戦的なわけだわ」
フェリは呑気な声を出す。
グレートホーンディアーは自分よりちいさいサイズの動物を見たら、角を振りかざして襲い掛かるという獰猛な草食魔物だ。
「このサイズなら、晩ご飯としてちょうどいいな」
「やった、お肉ゲットね!」
ルードがしっかり掴んでいるので、グレートホーンディアーは必死にもがいても、びくともしない。
その眼前で夫婦は食事の話をはじめる。
グレートホーンディアーはようやく、自分がけっして近づいてはいけない相手に襲い掛かってしまったのだと気づいたが、今さら遅い。
ルードは魔力をまとった手刀でグレートホーンディアーの首を斬り落とす。
この程度の獲物なら、大剣の出番はない。
「あ、角は薬の材料になるから、あとですり潰そうね」
血に動揺せず、フェリが夫に提案する。
「そうだな。まずは血抜きと解体だ」
ルードが言うと、
「手伝う?」
フェリは可愛らしく首をかしげる。
「それは俺一人で充分だから、周囲の警戒を頼む」
とルードは言う。
「他に何か来てくれたら、食卓が豊かになるね」
フェリはうなずきながら、浮かれた声を出す。
彼らにとってこの程度の魔物はただの食材で、危機感はない。
「一度に来られると作業が大変だから、順番に来てくれないかな」
ルードは願望を口にしながら作業をはじめる。
まずは血抜きからだが、同時にグレートホーンディアー毛皮をはぐ。
次に内臓を抜き取って、軽く叩いていく。
「あとで洗浄を頼みたい」
「了解」
とフェリは答える。
「──洗浄(クリーニング)」
作業が終わったタイミングで、フェリが夫のために魔法を使う。
ルードの体も服もきれいに洗い流された状態へとなる。
勇者の仲間時代にフェリ自身も含めてさんざんお世話になった魔法だ。
「ありがとう。ところで毛皮はどうする?」
ルードは礼を言ってから妻に問う。
「何かの交換材料にとっておく? 誰かが欲しがるかもだし」
フェリは少し考えてから答える。
「そうだな。何ならフレミトに引き取り手を探してもらうおうか」
「ふふふ、名案」
ルードの冗談めかしたアイデアにフェリは笑いながら賛成した。
第二王女サナティアと結婚し、大公に叙せられた英雄だが、彼らにしてみれば気心の知れた旧友である。
便利使いすることに遠慮はない。
「骨はどうするの?」
とフェリが笑みを引っ込めて夫に聞く。
「置いておこう。どんな生物が食べに来るか、興味ある」
「なるほどね」
グレートホーンディアーの死骸の残りは、他の生物を釣るためのエサだ。
特に血や内臓を好む種は少なくないと予想できる。
夫の意図を理解し、フェリは納得した。
「肉は保存してくれるかな?」
「ええ、任せて」
ルードの言葉に彼女はうなずく。
新鮮な食材を魔法で保存するのも、彼女の役目だった。
グレートホーンディアー一頭分くらいなら造作もない。
「頭部はどうする?」
とフェリが夫に問う。
「飾りがなくて寂しいし、玄関にでも置くとか?」
ルードは思いつきを口にする。
「すぐに埋まりそうだけどね」
フェリは吹き出す。
「それはそうだ」
獣たちを狩って暮らすつもりなら、当然そうなるとルードも思う。
「脳みそは美味いらしいから、調理してもらえるかな?」
「いいわよ」
フェリは慣れているので、夫の頼みを快諾する。
「あとは野菜、果物、木の実、野草、キノコを探してみよう」
ルードはこれからを話すと、
「この辺で全部とれるのが理想よね」
フェリは同意した。
必要なものを活動範囲内で確保できてこそ、自給自足。
「理想だけど、まずはたしかめよう」
ルードの言葉に彼女はうなずく。
彼らは周囲を観察して、山の幸を探しはじめる。
「パセリがある」
「こっちにはミツバよ」
二人はほどなくして目当ての野草を見つけた。
どちらも香りも栄養もあって、食材を彩ってくれる。
「こっちは牛蒡(サルシフィ)だ」
とルードは土を掘って、一部を妻に見せた。
「これは期待できそうね」
とフェリはニコリと笑う。
二人はそのあと、周囲を歩き回って、食べられる野草を見つけていく。
「こんな場所がよく手つかずで放置されていたなあ」
とルードはふしぎに思う。
「私たちはいいけど、普通の人がここを歩き回るのはきつくない?」
フェリが夫のズレた感覚を指摘する。
「それもそうか」
ルードがチラッと下を見ると、ログハウスは小さく見えた。
道はけわしいし、空気も薄くなっている。
魔王を倒すほど鍛えられた二人だからというのはありそうだ。
「動物は見かけた?」
ルードが問うと、
「リスを何匹か」
フェリは即答する。
「リスは微妙だな」
ルードは悩ましい顔になった。
「リスは飼うのが難しいし、食べる気になれないわね」
妻もうなずく。
「リスがいるならクルミやクリはあるかもな」
ルードは予想を立ててみる。
「ああ、リスの好物だものね」
フェリは納得して、
「じゃあ彼らの動きから推測してみるわ」
と言う。
彼女が先に立ち、二人はクルミやクリが豊富になっている木々を見つけた。
「これはいいね」
「モンブランが作れる!」
二人は目を交わして笑い合う。
「いくつか持って帰ろうか」
「ええ」
ルードは地面を軽く蹴って、クリとクルミを確保する。
そこへガサガサと物音が聞こえたので、二人はそちらを向く。
「グルルルル」
そこには巨大なクマが二人をにらんでいた。
「あら、『堅鎧熊』(ソリッドウルズス)じゃない」
とフェリが言う。
『堅鎧熊』はルードの二倍ほどの背丈と、並みの武器を跳ね返す堅牢な毛皮、重厚な筋肉が生み出すパワーを武器とする熊型の魔物だ。
「熊ってクリが好物だっけ」
とルードがポンと手を叩く。
「あとイノシシも好物よ」
フェリが夫に教える。
危機感がまったくない夫婦だった。
『堅鎧熊』は牙をむいて威嚇しながら立ち上がり、
「グアアアア!」
咆哮する。
「これは威嚇? それとも怒り?」
ルードは妻にたずねる。
「縄張りを荒らされたって怒っているのかも」
フェリは推測した。
「威嚇なら立たないはずだから」
根拠を聞かされて、ルードは納得する。
「縄張りを荒らす敵と思われたなら、逃げても無駄だろうな」
と彼は言う。
「熊は敵を執念深く追跡するものね」
フェリは相槌を打つ。
「悪かったですむ相手ならよかったのに」
とルードはため息をつく。
彼は無益な戦いを好まない。
「あら、『堅鎧熊』のお肉は美味しいのよ。臭みは野草でとれるしね」
妻は夫の心情を察して情報を提供する。
「へえ、じゃあ無駄な殺生にならないな」
ルードは美味しくいただけるならとやる気を出し、両拳を軽く打ち鳴らす。
「ガアアアア!」
『堅鎧熊』は吠え、剛腕で攻撃してくる。
フェリは左へひらりとかわす。
ルードは地面を蹴って、『堅鎧熊』の顎へアッパーをお見舞いした。
彼の二倍はある巨体は後方へ縦に二回転して地面に激突する。
ズズンと地面が大きく揺れた。
「さすが」
とフェリは夫の一撃に感心する。
素手でも圧倒的に強い夫が隣にいなければ、彼女は『堅鎧熊』を前にして余裕ではいられなかっただろう。
さっさと魔法で仕留めたはずだ。
「ググ」
地面に伏す『堅鎧熊』の口から苦悶の声が漏れる。
「どうやらかなり強いな」
とルードは感心した。
「あなたの一撃で死んでないなんて、大物ね」
フェリも目を丸くする。
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